「風は冷たい:陽は暖かい」オカンの嫁入り 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
風は冷たい:陽は暖かい
主人公の宮崎あおいが、酔っ払ったまま廊下で寝込んだ母親を、ゼェゼェ言いながらコタツまで引っ張っている——
映画冒頭のシーンで、大竹しのぶに本気でイラッとしてしまった。だってあのオカンの感じ、うちの親父が酔っ払った時にそっくりだったんだもの(笑)。
この映画、飯を食べたりクダを撒いたり、ほんわかしてて少し笑える、フツーの日常を見せるのが巧い。
特に幾度も登場する、食卓を皆で囲むシーンが印象に残る(タラノメの天ぷら、旨そうだったなあ)。
主演の2人はやっぱりほんわかした役が良く似合うが、脇を固めるキャストも素敵だ。飄々としてるが優しい國村隼、家族みたいにお節介な絵沢萌子、暑苦しいが実直な桐谷健太……(特に桐谷健太は『BECK』に続いての好演)。
なんだか皆、気の置けない人ばかり。暖かい感じが良いですね。
だからだろう。
元居た場所が暖かいほど寒さは厳しく感じる。
毎日文句を言い合ったり一緒に笑ったりしていた人が、もうすぐ死んでしまうという。
悲しい、怖い、無性に腹が立つ、叫びたい、喋りたくない、とにかく、訳が分からない。
身内が死にかけている事を知るというシーンはこれまでも色んな映画でさんざん目にしてきた。だが“その時”の感覚まで伝わってきた映画は、少なくとも僕が今まで観てきた映画の中では稀だった。
なんでもない日常を丹念に暖かく描いた事が、突然差し込む“死”の影に強烈なコントラストを与えるのだろうか。あるいは単に、あのオカンが少し自分の親父に似ていたせいか(親父は存命ですが)。
とにかく他人事とは思えないくらいに悲しくなってしまったのだ。
人間てのは贅沢なもんで、どんな幸せにもいつの間にか慣れて、それが当たり前だと感じるようになってしまう。何でもない日常が、親しい人がすぐ傍に居てくれることが、本当はどれだけ幸福なことなのか。それをこの映画は暫しの間思い出させてくれる。
改札口で立ちすくむ娘を無言で見守るオカン。
心の呟きを見透かしたかのように、「つるかめつるかめ」と笑い掛けるオカン。
酒癖は悪いし、身勝手だし、不器用だし……だけど自分の事を心の底から心配してくれてる。
そんな人間、この広くて薄ら寒い世界にいったい何人居るだろうか。
映画の中では、季節はどうやら初春のようだ。
風はまだ冷たいが、そのぶん陽射しの暖かさを実感できる季節。
この映画にぴったりだと思った。
<2010/9/20鑑賞>