「涙も笑顔も、光は照らす」トロッコ ダックス奮闘{ふんとう}さんの映画レビュー(感想・評価)
涙も笑顔も、光は照らす
「チョルラの詩」の川口浩史監督が、尾野真千子を主演に迎えて描く人間ドラマ。
広島は宮島。好奇心から闇に支配された森に迷い込んだことがある。遠くから聞こえてくる高い鳥の鳴き声。時に穏やかに、時に激しく吹き上げる風の音。視界の狭い世界に満ちる恐怖と、寂しさ。思わず涙がこみ上げそうになり上を向くと、木漏れ日が私を照らしていた。それだけで、心が晴れる。嬉しい。明かりのもつ温かさに、気付く。
本作を観賞していると、常に登場人物たちを静かに、優しく、時に冷たく照らしている光の存在が目に飛び込んでくる。夕暮れ時、森で迷子になって涙に暮れる子供たちを迎える、家々の明かり。自分の不甲斐なさに傷つき、義母にすがる女性を照らす、電球のオレンジ。むせ返るような緑を見守る、太陽の、光。
非常に簡潔に整えられた物語の展開と同様に、台湾の村落がもつ穏やかな包容力、清潔感を信じて作られた世界に、潔く観客の心に訴えかける素直な姿勢が心地よく、2時間近い長尺を飽きる事無く過ごさせてくれる。
現代の日本映画界において何とも哀愁を誘う薄幸の女性を演じさせたら、恐らく一番に名前が挙がる尾野真千子。本作でも、期待通りに観客の涙を搾り出す、一人の孤独な女性を的確に演じ切り、物語に彩りを添えている。
台湾俳優陣、子役ともに個性、主張を抑えこみ、あるべき姿勢で本作の透明な世界観を支えている。作り手の、世界に対する誠実な態度が如実に現れた良質なドラマに仕上がっている。
涙も、笑顔も、別れも、全てが何らかの光に包まれて輝く。ストレートに荒れた心を潤していくのを実感できる、幸せが満ちる現代の寓話である。
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