「未来の無い繭、その名は「月」。」月に囚われた男 Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
未来の無い繭、その名は「月」。
デイヴィッド・ボウイの息子、ダンカン・ジョーンズの監督デビュー作。だがそのネーム・バリューに頼ることなく、斬新なプロットと確かな演出力で、娯楽の域を出ないSFを大人の鑑賞に堪えうる人間ドラマに仕立てた。貴重なエネルギー源である“ヘリウム3”を月面から採掘し、地球に送る任務を3年契約でたった1人で従事している主人公サム。この時点で現代におけるエネルギー問題を提議し、さらに企業による独占や不正行為にまで発展する。だからといって社会性が強いお堅い作品ではない。監督が子供の頃に観た『惑星ソラリス』『ブレードランナー』など、哲学的な名作SFにオマージュを捧げ、人間の存在価値に迫ったドラマでありつつ、サスペンスフルな物語展開で観客をグイグイ引きこむ。 ある日目覚めると、自分と同じ顔の男がいる!1人2役(3役)を務めるロックウェルの熱演が見事。たった1人の生活を始めたばかりの男と、3年間孤独な生活を送って来た男の演じ分けが物語のキーとなる。短気な男と角の取れた男、生きることに前向きな男と死を覚悟した男。それら内面的なこともさることながら、服装などのディテールにもこだわり、様々に伏線が張られている。緊張感と閉塞感にさいなまれながらも、登場する男たち(?)が徐々に信頼関係を結ぶことに驚く。殊に人口知能コンピューター、ガーティ(声:ケヴィン・スペイシー)の存在は注目に値する。『2001年宇宙の旅』のHALを想起させるが、ガーティは反乱を起こしたりせず、「『サム』を手助けする」という最優先のプログラムを忠実に守る。この男たち(?)の強い結びつきが最終的に希望へと繋がるのだ。衝撃の事実が判明すると無機質な船内に絶望感が漂う。そこは「作られた記憶」で覆われた未来の無い繭だ。果たしてその繭を破って地球へ(未来へ)生還できるだろうか?