悪人のレビュー・感想・評価
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あんた 大切な人、おるねん?
映画「悪人」(李相日監督)から。
全編通して耳にする「九州弁」に影響されてか、
「もうしたと?」「どがんす?」「ダサかろ?」などを
文字にすると、あっているだろうか?と気になっている。
さて、今回の気になる一言は、被害者の娘の父親役、柄本明さんが
ある若者に向かって呟く台詞のワンフレーズ。
「あんた 大切な人、おるねん?」
その台詞に続いて「その人の幸せな様子を思うだけで、
気分まで嬉しくなってくるような人は?」と訊き直すシーンが印象的だ。
さらに「今の世の中、大切な人がおらん人間が多すぎる」とまで。
(大切な人がいないから)自分には失うものがない思い込んで、
それで強くなった気になる。(それがこんな犯罪につながる)と嘆く。
それは「ごちそうさ~ん、まずかったぁ」と言いながら
食堂(居酒屋)を出て行くシーンにも同じことが言える気がした。
日本では「愛してる」と同じ意味に解釈される「大切にする」、
その大切な人(愛する人)がいない人生なんて淋しい過ぎる。
殺人を犯した「悪人」でもいい。大切にしたい人がいるのだから、
そんなメッセージをいただいた気がする。
「大切にしているもの」・・今から、書き出してみようかなぁ。
原作が素晴らし過ぎて…
これから鑑賞ご予定の方、スルー願います。
うーん、もうさ、原作モノの映画化はやめにしない?と思ってしまいました。
尺の都合上、どうしても描き切れていない部分があって。
と言うか描けてないのですよね全然。
原作と映画は別物だから切り離して観たとして、そしたらわたしは祐一の事を彼の抱える孤独を寂しさを、あの映画から感じ取る事が出来ただろうか。
そこが一番のポイントと言っても良いぐらいだと思うのですが。
光代の気持ちはうまく表現できていたとは思う。
彼女のわがままで逃避行になってしまったという部分とかね。
それにしてもね、これではダメです。
やっぱり原作が凄すぎた。あの世界観の映像化は難しいよ。
泣く気満々でティッシュ握りしめて臨んだ訳ですが泣き所0でした。
終わった後、相方ちゃんに「珍しく泣かなかったね~」と言われました。
それどころかコンタクトが乾いてかぴかぴでマイティアCL注したいとかずっと思ってました。
妻夫木聡と満島ひかりの好演、祐一が光代に灯台からの夕陽を見せるシーンで☆1コかな。
今までで一番よかった映画
映画を見ない私が久々見ました。
いつも眠くなる映画があっという間でした。
妻夫木君をここまでいいと思ったことは初めてでした。
深津絵里さんは改めて素晴らしい女優さんだと思いました。
深津絵里さんがちらちらと見せるふとした表情が本当に素晴らしくて
何度も何度も映画を見てしまいました。
きききりんさんがいいとほかの人は書いてあるけれど
私は妻夫木君、深津さんの二人が素晴らしいと思いました。
また、音楽もすごく良くてとても臨場感をえました
けっこうきわどいシーンもありましたがこの映画には必要だったなと思いました。
殺されてしまった女の子も本当に嫌な女の子を演じるのが上手くて
心底ムカついてしまいました。
深い深い映画で
出演者全員がとてもマッチしていました。
DVDもぜひ買いたくなってしまいました。
完全に食われてる…
日本アカデミー賞で、妻夫木聡が、主演男優賞を受賞したときにスピーチしていましたね。
「周りから、演技がみんな一緒だ。と言われ悩んでいた。」
私も、うすうす思ってた。
じゃあ、今度のは、違うのか~。頑張ったんだね‼
んじゃあ見てみよう‼
深津絵里も大胆な濡れ場が‼あの深津絵里がか‼
てことで、鑑賞…
脇役達がうま過ぎた。
柄本明
樹木希林
文句なしでしょ。ドキュメンタリー見てるようにリアルだった。
岡田君(名前忘れた。)
満島ひかり
憎たらしい演技が二人とも最高。
満島ひかりは、殺したくなるような殺されて当然のような最悪女を見事演じていたと思う。
主演の二人が下手なんじゃなくて、周りがうますぎた。
妻夫木聡も頑張った感じが凄く伝わってきたけどリアルに見えない。
深津絵里の濡れ場は、綺麗過ぎる。そう感じてしまいました。
【人間の本質は善と悪】
小説&映画で話題になった『パレード』の長崎県出身の作家【吉田修一】作品の映画化
ストーリー&映像 共に大好きな雰囲気だった
【松尾スズキ】と【でんでん】の登場には驚いた
妻夫木と深津コンビの演技がとにかく素晴らしい
『告白』に続き話題作に出た岡田将生も嫌味たっぷりの好演だし
『愛のむきだし』の満島ひかりの可愛さと【したたかさ】の2面性具合も相変わらずウマイ
そしてなんと言っても・・・【福岡】
舞台が馴染み深く 知ってる場所のオンパレードで
とんでもなく感情移入した
事件の発端が【三瀬峠】っていう時点でテンション上がりまくり
確かに三瀬峠は怖い噂話や事件が何度かあって
今回の舞台にはピッタリ
●免許を取ったらまず三瀬峠
●ドライブデートで三瀬峠
●夜中の肝試しにみんなで三瀬峠
●佐賀に抜ける時は三瀬峠
何度走ったことか!!
他には・・・
【福岡県福岡市】渡辺通り
(佳乃が父親の佳男に車で職場近くまで送ってもらう冒頭のシーン)
◆福岡市のド真ん中のメインストリート。佳乃が車から降りる場所も福岡市民なら誰もが【分かる】ポイント。自分も何度も同じ場所で降りたことがある
【福岡県福岡市】東公園
(佳乃を待つ祐一の目の前で増尾と佳乃が偶然に出会い出かけて行ってしまう重要なシーンで使われた公園)
◆福岡県庁近くの自然公園で年に一度の大きな祭りの時に何度も行った
【福岡県福岡市】長浜屋台ラーメン 川端店
(言うまでもなくラーメン食べるシーン)
◆中洲でかなり有名な店で泥酔状態で何度も御世話になった
【福岡県福岡市】けやき通り
(増尾に掴みかかる佳男のシーン)
◆福岡市中央区のオシャレ通りで枯葉が舞い散る雰囲気が大好き
【福岡県福岡市】SOL FAMILIA(ソルファミリア)大名店
(奴らがたむろしてる店)
◆福岡市中央区国体道路沿いのカフェバー
【福岡県福岡市】美・コミュニケーション P&P
◆この美容室・・・知らない
【佐賀県】JR佐賀駅
(妻夫木聡と深津絵里が出会う場面)
◆何度かしか行ったことないけど個人的に懐かしい場所
【佐賀県佐賀市】紳士服のフタタ 佐賀西バイパス店
(光代が働く国道208号沿いの紳士服量販店)
◆通常営業しながらの強行撮影したらしい。いつかスーツを買いに行こう
【佐賀県・唐津市呼子】いか本家本店
(祐一が自分の罪を光代に告白するシーン)
◆地味ながらも印象的な場面。この店は入ったことないんで次回は必ず
【佐賀県みやき町】クローバーリーフ TSUKASA 506号室
(映画の中で2回目に出てくるラブホテル)
◆撮影に使われた506号室にいつか行って・・・みたい
【長崎県茂木町】茂木港
(少年時代の祐一が母親に置き去りにされる回想シーン)
【長崎県平戸市】堤漁港
(祐一が房枝と住む漁村と自宅)
【佐賀県佐賀市】諸富警察署
(自首しようとする祐一を光代が止めるシーン)
◆交通規制し人工雨を降らせる大掛かり撮影
【長崎県五島市】大瀬崎灯台(おおせざきとうだい)
(クライマックスシーン)
◆いつか必ず行きたい CGの様な素晴らしい景色
そんな感じで福岡市民としては観ずにはいられないロケ現場の嵐で興奮しっぱなしの2時間半
脚本も演技も含めて『悪人』ワールド 素晴らしすぎる・・・
近々 小説を読むしかない
・・・
うーん・・・満島ひかりさんの名演技で殺されて当然のような生意気な女に、妻夫木くん、深津さんの役柄が正当化されてしまったような・・・。一度でも人の親をやったことがあれば納得いかない内容な気がします。本当に愛しあってるなら殺人をした罪を償う強さも二人で持たなくちゃ・・
ただ、名女優樹木希林さんの演技には脱帽でした。深津さんより、樹木さんにいろいろ賞をあげたいです。
すごい
なんだろう…
見終わったあとの胸の苦しさというのか。
久々に見終わった後、いろんなことを考えて無口になりました。
前半は「出会い系のお話?」と勘違いして嫌悪を示す人もいるかもしれません。でもこの映画のすごさはラストの30分あたりからです。
このラストを見ずして何も語ってはいけません(笑)。
胸に突き刺さる作品でした
今も胸に突き立てられた棘が抜けない気分です。
誰も決して最初から故意に悪事を企てたわけではないのに、それぞれささやかに幸せになりたかっただけなのに、なんでああなっちゃったんだろう。
人間って、なんなんだろう。
観て幸せになる娯楽作品とは対極ですが、これもまた映画なのかな。
考えさせられます。
誰が一番の悪人なのか・・・
連れが観たいとのことで、なんの知識もなく鑑賞。
これは、近年の邦画では一番感動しました!
殺人犯の主人公が、善人に思えてしまうほど、他の登場人物が俗っぽく悪人に見える。。。
途中若干かったるい所があったので、ちょこっと減点させていただきましたが、いい映画でした!
偽善と偽悪
被害者になることで自己正当化する偽善と、被害者にしてあげる愛情が被る偽悪。どんな人でも内包しているこの因果をとても良く描いています。他人が欲しがる見栄えが良い彼氏がいるという友人の嘘を同僚で「友達だからという大義」で受け入れつつ蔑むことで自分の足元を固める人、臆病な自分を上書きするために死んだ女を肴にはしゃぐ友に「同級生で金持ちだからという大義」で相乗りすることが友情であり痛みを分かち合う手段だと思って諫めない人。それに対して、老婆にむしゃぶりつくマスコミを引き剥がすため車内の雰囲気を悪くしながら怒鳴り散らし、同乗している乗客をも無視し職務を逸脱して老婆の降り際に自分の思いを伝えるバスの運転手、自分の全てを受け入れ、生きる証とまで思わせてくれた自分の命よりも愛する人を安全な「被害者」の位置まで連れて行くために、今までの短くも焦がれるような愛しい日々を全て自分からも、相手からも消し去るがごとく「俺は、あんたが思うとるような男じゃなか!」と口づけながら光代の首に渾身の力をかける祐一。どうしようもなく思える増尾も客商売のくせにまずいラーメンを出して金を取っている店に馬鹿面さげて食っている他の客を尻目に「ごちそうさん、まずかったぁ。」と言えるほどの偽悪心はあるのです。偽善と偽悪、カレー味のウ○コとウ○コ味のカレー。普段食べているのはどちらなのかを見た人の感想から伺えるのがまた楽し。私の好物はカレーです。
もったいない映画
何が悪なのか、誰が悪なのか…。
加害者だが被害者でもある、というのは人物を掘り下げる人間ドラマとしては当然の要素なので、そこまでの評価には繋がらない。
そして、深津絵里の感情の流れについていけない。
孤独を出会い系サイトで埋めようとしていた彼女が、青年に何を見出し、何を求め、逃避行に走るのか。
寂しかった、退屈な日常から飛び出したかった、彼は私を必要としてくれた、では弱いのではないか。
原因は彼女が事件そのものと関係がない設定であること。
青年が起こした殺人事件が物語の軸としてるが、彼女は遺族でもなければ、加害者の家族でもない。
ましてや被害者と面識もなければ、青年とも出会ったばかり。
物語の軸と噛み合わない故に彼女が出演するまで時間がかかるし、彼女の動機を描ききれない。
ただひとつ秀逸だったのは、逃避行の果てに辿り着いた海で青年が見せた笑顔である。
母に捨てられ、「目の前に海があると、どこにも行けん気がする」と閉塞した寒村で育った青年の人生で、初めて充実した瞬間だったのだろう。
笑うことを忘れた青年が、絶望といえる状況下、初めて見せた笑顔が悲しさを際立たせている。
悪人であり善人であり。
観ていて気持ちのいい作品では決して、ないが…
じっくりと腰を据えて考えさせられる佳作だと思う。
悪人。と切り捨てててしまえばそれまでの人間も、
本当にそうなのか。と思わせる柔軟性、
善人。と思われていた人間が、本当にそうなのか。
と一考させる疑問の投げかけ方。
原作はチラ見(いつもすいません)程度なのだが、
なんかスッキリしない感が残って、映画版の方が
分かりやすいラストのような気がした。
考えても考えても、誰が悪人だ。と決められないのは
どんな人間も悪人の身に善の皮を被っているからだ。
欲を剥き出しにし、はしたないと思われたくないから
なんとなくカッコいい自分を演出したりはしてみても、
しょせんお体裁など相手によって簡単に見抜かれる。
このヒトならと思い、真の自分の姿を見せた時、
怖いとか、気持ち悪いとか、バッカじゃねえのなんて
酷い台詞を浴びせられて、一気に逆上してしまった、
なんていう事件が昨今でも起きているように思うが、
ではその、酷い台詞を浴びせた人間が悪人なのか。
いや、手をかけた人間こそが悪人なのだろうか。
いやいや、そんな子供に育ててしまった親はどうだ。
…考えるとどこまでも果てしない(汗)。
個人的にはとにかく孤独の果ての寂しさがこの上なく
冒頭からのしかかり…何でこんなに辛いんだろうかと
観ていて胸が苦しくなった。もともと孤独に生きてきた
人間にとっては孤独感は友達のようなものだと思うが、
満たされない想いが欲情と化し、一気に加速し、その
やり場のない怒りに満ちた行為には愛が感じられない。
差し出されたお金によって、買われたという屈辱感。
あの時の、彼女の失望はどれほどだったろうと思うと
心から泣けてくる。まぁ所詮、出会い系で知り合う仲、
お金同様に割り切ってしまえ。ということなのだろう。
私には解せない…が。
ただ今作に登場する祐一という青年は、妻夫木くんの
キャラもあろうが^^;あまり悪人には見えず、いや、善
のイメージが強すぎるんだろうな…いいヒトに見える。
自分の孤独を、なにでどう消化させればいいのかが、
分かっておらず、とりあえず女と逢って快感を求めて
いたが、真の快感(というか幸せ)を光代という女から
貰ったことによって、活きることに目覚めてしまった。
とはいえすでに殺人を犯した身体、罪を償おうと決意
したその時彼を止めたのは、意外なことに光代だった。
彼女もまた、酷く愛に飢えていた。
深津絵里の演技は確かに受賞も納得の巧さだったが、
彼女は昔からこういう役をやってきたように思えるし
それがまたよく似合っている。ので特に意外性はない。
悪といえば徹底して悪い男を演じた岡田将生の演技力、
それを傍で見つめる友人・永山絢斗の目線、何気ない
バスの運転手からの一言など、僅かな救いともとれる
温かな視点が共同脚本から生まれたことが幸いと思う。
なにはどうあれ、誰かを想い邁進する人々の気持ちを
もっと大切にしなければいけない世の中になっている。
人の気持ちをぞんざいに扱えば自分に反ってくるのだ。
娘の殺害現場に花を手向ける父親を遠目に、タクシー
運転手に向かって話す深津絵里の表情を捉えたラスト
は秀逸。悪人を愛してしまった、と言いながら後悔は
していない凛とした態度と意志の強さには目を見張る。
出逢う順序が逆なら悲劇は起きなかったかもしれないが、
いとも簡単に出逢い、車に乗り、人目のつかない所へ
向かう先に、事件性がないなんてあり得ないと思えるが。
(出逢いそのものを大切にする風潮が懐かしいこの頃。。)
リアルと非・リアル
事件は結果だけでは判断できない側面があり、
「誰が本当の悪人か」を見極めるのは難しい、
という問題提起には成功していると思うが、
深津絵里演じる光代が主人公の祐一の告白を聞いて、
あまりにも簡単に「待つ」と言うのを不自然に感じた。
いや、即決してもらうのは結構だが、
出逢ってからそれまでの、
祐一に惹かれる経過がほぼ、無いにもかかわらず、だ。
自分の期待が打ち砕かれ、泣いていたではないか。
そしてその後、祐一が見せた誠意は、
<謝りに来た>、まだ、ただそれだけで、
「これから2人ははじまる予感」どまりだったではないか。
なのに次の瞬間もう「運命の人」のようになっている、
その思い込みが孤独な女の狂気の成せる技というならば、
エンディングは事故現場などへ行かず、
何事もなかったかのように元の生活に戻っていればいい。
祐一の罪を少しでも軽くしたいなら、
祐一の優しさに甘んじることなく
一緒に逃げたのは自分の意思だと言っているはずで、
なにやら女心はわからんのぉという中途半端な思いが残った。
けれども登場人物の設定がどうもリアルで、
そこには深く感じ入るものがある。
達者な役者さん達の功績は大きいと思うが、
キラキラおメメを封印した暗い目のブッキーの新境地に拍手。
誰もが皆、重いものを抱えて生きている
俳優人の演技力も高く良い映画だと思います。ただ後味はあまり良くないかも知れません。
寂しい男と疲れた女が出会い系で知り合い必死に居場所を求めた結果が逃亡で
残された被害者の遺族、加害者の家族、其々が言葉では言い尽くせない苦しみと向き合っていく様に胸を打たれました。
主演二人より、その他の役者さん達の演技力が素晴らしくて見ていて
大切な誰かを…
私にとっては家族を抱きしめたい気持ちにさせる映画でした。
最後に
被害者、加害者の家族が出した答えを是非とも見逃さず見て欲しいです。
1000円なら ま、いっか
水曜日のレディスーディに観にいきました。
会場は中央から後ろはほぼ満席状態でした。
しかしながら…
結論から言いますと、なぜ主人公の二人が惹かれあうのかが全く理解できませんでした。
灯台って二人にとっては凄く大事なもののような気がするのですが…(原作を読んでないので、あくまで推測)
それもよく分かりませんでした。
一緒に逃げ始めてからが長く 長く 長く
ダラダラと長い!!
他のキャラにも視点を当ててるもんだから、ひたすらダラダラと長い!
という印象。
メリハリがないんですわな。
正直、いくらもてない女だったとしても(作中の深津絵里演じる女性がそうなのかは分かりませんが)殺人犯と一緒に逃げるでしょうか?
いくら寂しいといっても殺人犯と一緒に逃げるでしょうか?
女がそういう男性と一緒に逃げるっているのは、他によっぽど惚れる何かがあるはずで…
う~ん
伝わらない(残念)
結局、男日照りの女が体の関係をもって、そこに溺れたようにしか見えず(残念)
体はった二人の演技は良いと思うんですけどね。
だけど、一番役にはまっていたのは、殺された女性役をやった方でしょう。
ホントに殺したくなるくらいイライラさせられました。
でも、あの腹のでっぱりは女優さんとしていかがなものでしょう(´-ω-`)
まぁ1000円だったんで、そこまで損した感もなく
可もなく不可もなくで3.0とさせていただきました。
ギョーザが臭くなければ…
試写会で見てたのですが…感想を書くのが遅くなってしまいました。
見終わった率直な感想は“あのギョーザが臭くなければ…事件は起きなかったのかな?”と…
そうなんです。つまり佳乃さんが祐一君に会うのにもう少し気を配ってくれてれば…
あの後、圭吾君に偶然出会って、彼の車に乗ってしまったとしても
ニンニク臭くなければ(祐一君に気配りしてギョーザを食べて無ければ)、
彼女は圭吾君にやり逃げされたとしても
あの時、関係を持てたハズなんですよね。。。
で…祐一君がそんな二人を尾行してたとして二人とも殺してしまったか…
バカバカしいと長崎に帰ってしまったかは分からないけど…
光代さんにしても…私が思うに彼女は凄く淋しかったんだと思います。
いい年だし…出会いも無ければ、毎日変化なしの何のために生きてるのか?な日々に疲れてたんだと…
紳士服を買いに来たおじさんにさえも声かけられたらついて行きそうな勢いだったでしょ?
で…佐賀の駅で祐一君と出会って(ココで祐一君が見た目酷かったらそのままスルーしたと思うのですが)何せ、ブッキーだから金髪でもカッコイイし…そのまま車に乗っちゃうよね。
原作では祐一君の見た目はどう描かれてたのでしょうか?原作知らない私としては、気になります。
彼女がその淋しい人生から解かれたい一心で祐一君の自首を留めますよね。
そこは彼女のワガママ…本当に彼を愛しているのなら、少しでも刑期が短くなるように
自首を勧めるのは当然なことでしょ?
そういう意味からすると彼女も自分のことしか考えてない悪人でしょうか?
しかし…人生ってどこでどうなるか、分かりませんよね。
そんな気も無いのに何だか悪人って呼ばれてしまう生き方が
そこに待ってるかもしれません。
人生って怖いです。
忘れてました。この映画って凄く音楽が良いんです!!
こんなに映画音楽が素敵だと思った映画はありません。
流石、久石譲さんですね。
同じ人間なのに…こんなに才能のある方と…そうでない私…
この違いにも人生の厳しさを感じます。
原作を読んでから見ました。
これは、原作を読んでから見るべきでしょう。
映画を見た後、再度、原作を読みなおしました。
最初に読んだ時には、すらすらと読んだ場面、言葉が重みを増し、マーカーを入れながら読み直しました。
そして、再度、映画を見た時の感情を思い起こしました。
映画のエンディングは、昔のイタリア映画を見た時のような感覚でした。
自転車泥棒や、刑事、道…なんかを…まだ子供の時でしたが、哀愁という言葉の意味を、その映画から知った…と思います。
心に訴えてくるものがあり、涙が流れてきました。
どうしようもない事…不条理な事…それでも、その根底に潜んでいるものは、美しいもの。
哀しいのだけれども…どこか、かなり、はかなげではあるけれども、希望が、そこには、確かに、在る。
かすかな、かすかな…希望が…ある。
原作を読み返してみた時、マーカーをひいていった。その際に、太宰 治を彷彿させる表現があった。
かなり、細やかな表現。
読み飛ばしてしまえば、見逃してしまうような、言葉。
けれども、そこにこそ、場面が在る。
映画を見て、その後、原作を読んでみて、そう感じた。
まずは、原作を読み、そして、映画を見て、また原作を読む…久しぶりに、こういう映画の見方をした。
最後に…フランソワーズ・アルディの 「もう森へなんか行かない」なんかが流れたら、最高でしたね。
全63件中、41~60件目を表示