「社会の陰にいる人々の描き方が絶妙」悪人 Cape Godさんの映画レビュー(感想・評価)
社会の陰にいる人々の描き方が絶妙
総合:75点
ストーリー: 75
キャスト: 80
演出: 75
ビジュアル: 70
音楽: 70
いきなりネタばれです。まだ映画を見ていない人は注意してください。
何故深津絵里の首を絞めたのか。警察官にそれを見せて「男に脅されて無理やり連れまわされていた」と思わせる。また「ずっと待っている」と言った深津絵里にも、自分を忘れて前向きに生きて欲しいと思わせる。自分を捨てた母親に小銭をせびるのも同様。加害者であるはずの母親に、まるで被害者であるかのように錯覚させて負い目を軽減させる。それが彼なりの優しさ。最初は腑に落ちなかったのだが、ちょっとネットを検索してみるとこのような解釈もあるようだ。
なるほど、それも可能性として有り得る(もちろん正解とは限らない)。しかしそれでも彼は感情的な女の言動に動揺して人を殺した。死体を崖に落して隠蔽工作をした。その後も普段どおりの生活をした。根本的な悪人ではないのかもしれないし、人との交流や愛情が少なく自己表現が苦手で孤独で幼いだけかもしれない。彼は運が悪くて理解者が少なかったことには同情するものの、それでもこの人物をそれほど好きにはなれないし許されるものではない。そのような人が人を殺して同情されるのならば、実にたくさんの犯罪者がただ単に可哀想な人で済まされてしまう。やってしまったことの重さは理解されなければならない。
それよりもこの映画で興味深かったのは、それぞれの人々の描き方。淡々と狭い世界で日常生活を送っているうちにふと気がつくと愛情もないまま孤独に歳をとっている深津絵里、田舎でなんとか親に捨てられた孫を育てているのに詐欺に引っかかりその孫が殺人事件を起こす樹木希林、普段はいい子ぶってもちょっと親に隠れて恋愛ゲームを楽しむ満島ひかり、傲慢で自分勝手なボンボン息子の岡田将生、親の前で見せる姿しか知らず大事な娘に愛情を注ぐどこにでもいる普通の彼女の両親。もちろん、27歳にもなって幼く人との関わりあい方が下手な妻夫木聡。登場人物の演技も良かったと思う。
みんな自分の人生や背景があり、何が良くて悪くてなど絶対的な正解などない。派手に生きる人もいいが、ひっそりと生きる人々の陰の部分のえぐりだし方が実に絶妙。妻夫木聡や深津絵里みたいな人って実は世の中にはたくさんいて、連綿と続く日常の閉塞感と孤独感に苦しみ悩み、何とかそれを変えたいと思っていることだろう。殺人事件などなくてもこのような社会の陰に焦点を当てて違う映画を撮影しても良いものが出来るのではないかと思った。