劇場公開日 2024年12月13日

「30数年ぶりの答え合わせ」バグダッド・カフェ 4Kレストア版 sow_miyaさんの映画レビュー(感想・評価)

5.030数年ぶりの答え合わせ

2024年12月29日
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鑑賞方法:映画館

「ヤスミン」と「ジャスミン」が、同じつづりなんだということにも気づかないほど、外国語にうとい自分。なので「JM」というシールが貼ってあるトランクは彼女の物なのに、中身が夫の物と入れ替わっていたということも、30数年たってやっと理解した。(スッキリ!)

彼女がたどり着いた、西部の砂漠地帯にあるカフェ兼モーテル兼ガソリンスタンドのバグダッドカフェ。そこを切り盛りしている女主人のブレンダは、中々にアグレッシブな性格なのか、イライラ怒鳴りまくっている。
ぐうたら亭主に「出ていけ!」と叫んだら、本当に出ていってしまうし、娘は男友達と遊びに出かけ、息子はずっと赤ん坊の世話もせずに、鍵盤の前でポロポロ何かを弾き続けているといった具合で、明らかに家庭も仕事もうまくいってない。
カフェなのにコーヒーマシンはなく、客室もオフィスも掃除されないまま放置されているのは、まるでブレンダの心象風景のようだ。
そこに、ある意味ズカズカと入り込んでいくジャスミン。「スタッフオンリー」のドアの中に忍びこむ彼女の姿が映し出されると、思わずこちらも身構えてしまう。
ただ、そのときは赤ん坊をあやすためだったように、彼女の行動はいつも利他的で、暇つぶしが主な理由なので、何か代償を求めるようなものではない。でも、どんなに机や部屋が汚くても、誰かに勝手にきれいにされたら気味が悪いように、ブレンダも「客なのになぜ?」という疑問から、警戒心を増幅させる。
母親同様に、娘もジャスミンにはベロを出し、息子も彼女を陰でデブ女と罵っていて排他的なのだが、それぞれがジャスミンとの関係を変化させ、ヤスミンと呼ぶようになっていく一瞬の描き方がとてもいい。
娘との関係が変わったきっかけは、ファッションやダンスをもとにした異国への興味関心。息子は、敬愛するバッハの生まれたドイツからきた彼女が演奏を認めてくれたこと。そして、ブレンダとの関係改善のきっかけは、ジャスミンの「自分の子どもはいない」と俯いた姿だった。
自分とは違う部分への興味。そして、自分と同じ部分への共感。画家との関係の変化も含め、その人との関係が変わるバリエーションが様々に描かれている映画だった。

結果的に、ヤスミンとブレンダの関係は、自立がテーマ同士の連帯から、まさに姉妹のようなシスターフッドを築いていったことが、最後のセリフからもわかる。しみじみとした余韻が残るいいラストだと思った。

他にも、息子の演奏の場面で、ヤスミンが聴衆になった途端、運指練習の時とは演奏の質が全く変わり、表現における他者性の重要さがさりげなく描かれていたことや、先住民をルーツに持つであろう保安官が、法を守ることでジャスミンを助けつつ、ビザ切れにも私情を挟まない厳格さを見せるところが個人的に好き。

それにしても、ヤスミンの夫は何のためにマジックセットを持っていたのだろう。もしかして、ラスベガスで、一旗あげようとしていたのかな?
それから、トランクの中身がヤスミンの持ち物だった訳で、きっとかなり困っただろうと思うが、そっちのドタバタも面白そう。

あと、入場者特典のカレンダーがうれしかった。

多分、これで今年は劇場での鑑賞は終わり。
締めに、いい映画が観られて幸せでした。

<追記>
「翻訳 戸田奈津子」という字幕が本当に懐かしかった。

sow_miya