「男は女の未来だ」などで知られる韓国の異才、ホン・サンス監督が実力派俳優、キム・ヨンホを主演に迎えて描く、恋愛映画。
一組の男女の行きずりの恋を軸におきながら、パリでうやむやに時を過ごす男の自堕落生活を短編連作の如く積み重ね、微妙に移り変わっていく男女の心の機微を丹念に見つめていく。
そこには単純に男女の一時の愛情から物語を広げ、人間の弱さ、身勝手さ、寂しさに展開させていくホン・サンス監督の縦横無尽な観察があり、皮肉がある。一般的なラブストーリーを期待して本作を観賞しようとするならば、このある種イヤラシイ人間描写に胸のムカつきを覚えるかもしれない。
パリでその場の快楽を貪りつくそうとするお気楽な人間達を描いていく本作。だが、日本映画との比較としてこの作品を鑑賞すると、思わぬ発見があり、興味を引かれる。
江國香織原作「東京タワー」や、「冷静と情熱のあいだ」など、近年の日本映画でも、ヨーロッパに生活の拠点を作り生きる日本人を描く作品がある。それらの作品には、常に居住地の言葉をつたないなりに覚え、現地の人に馴染もうと動いていくアジアの人間が活写されている。
アパルトマンではワインを飲み、現地の人の家に遊びに行き、会話を交わす。せっかくヨーロッパで撮ってますので・・という作り手の貧乏性が物語に異国の味付けを加えてくれる。
だが、本作を観賞すると、その違和感に気が付く。徹底的にアジア人しか持ち込んでいないのである。韓国人同士で集まり、韓国料理を囲み、ヨーロッパの香り漂うアパルトマンで、北朝鮮人を含めたアジア人が勢揃い。この強烈なアジアの結束感は、日本の作り手が最も避けようとする姿勢であり、場面である。堂々とアジアコミュニティーをパリで作り込むことを是とする強い自己主張。これは、非常に面白い。下手な評論を読み込むより、よっぽど身に染みる文化論である。
と、いうことで内容に関しては特に語る必要性を感じられないために、文化論に終始して論じている。学術的な視点で観ると、有益な効果をもつ作品と言う外、無い。無駄に映りこむ雲に、空虚感以外の何を感じればよいのか。