空気人形 : 映画評論・批評
2009年9月29日更新
2009年9月26日よりシネマライズ、新宿バルト9ほかにてロードショー
ペ・ドゥナの肉体と全編のノイズに、性的な興奮をおぼえる愛の寓話
非人間的なるものが人間の心を持つという、「ピノキオ」の変奏が見られる物語だ。是枝裕和監督は、東京・下町のうらぶれた風景の中に(過食症の女などの)さまざまな俗物たちを配し、男性の性欲の捌け口となるペ・ドゥナが演じる“空気で膨らむ人形”の心の動きをすくいとっていく。フワフワした浮遊感が、このラブドールの肉体性を際立たせる。
注目すべきは、この人形が1体5980円の商品名「CANDY」という量産品だという点だ。人形師(オダギリジョー)によって人間そっくりに生命を吹き込まれた人形ではあるが、「ウォーリー」に登場するロボット、ウォーリーやイヴのように、社会学的に“代用品”にほかならないから、もの悲しいのだ。
映画表現的にも実にユニークな、映画史上もっとも美しいと思われるラブシーンがある。彼女がビニール皮膜にキズをつけ、全身から空気が抜けてしまったとき、店員の男(ARATA)が彼女のお腹の空気穴に息を入れて、見る見るうちに膨らませるのだ。荒々しくなった両者の吐息がいやらしくエロティックだ。
本作を豊穣な映画的世界に誘うのは、人間の吐息に始まり、風鈴の音色に終わる全編に響きわたるノイズだ。これは、ペ・ドゥナのぜい肉のない“スペクタクルな肉体”を獲得した是枝監督が現代に挑む愛の寓話だ。彼が夢想した性的なイマジネーションに、興奮した。
(サトウムツオ)