おとうと : インタビュー
蒼井優が、吉永小百合と笑福亭鶴瓶の主演作「おとうと」で、山田洋次監督作に初出演を果たした。数多くの作品への出演を経験し、自然体の演技で独自の立ち位置を確立した末に挑んだ山田組で、何を感じ、何を得たのか、蒼井に聞いた。(取材・文:編集部)
蒼井優が苦悩した“リアルな芝居”の先に見たもの
■吉永さんをお母さんと思うなんて……
蒼井が同作で演じたのは、吉永小百合扮する吟子のひとり娘・小春。吉永とは、日本アカデミー賞の授賞式で言葉を交わしたことがある程度の面識だったため「最初は緊張してしまって、『吉永さんをお母さんと思うなんて絶対に無理だ!』と思ったのですが、私がどうこう考える前に吉永さんが色々と気遣ってくださいました」と振り返る。
撮影中、「ふだんから“小春ちゃん”か“春ちゃん”と呼んでもいい?」と吉永から提案を受けた蒼井。自然と本物の母親のように思えてきたというが、「ただ、恐れ多くて“お母さん”と呼ぶことはできませんでした。敬語を崩せる自信がなかったから、なんだか義理のお母さんみたいになってしまいそうで。結局、最後まで“吉永さん”か“小百合さん”としか呼べませんでした(笑)」と話した。
■感動で胸がいっぱいに
そんな蒼井と同様に山田組初参加となった加瀬亮が、小春の幼なじみであり再婚相手となる。本編前半のクライマックスは、小春の結婚式で鶴瓶扮する鉄郎が大暴れするシーン。この事件が小春の新婚生活に小さなしこりを残し、育った環境の違いや多忙な夫とのすれ違いを浮き彫りにしていく。離婚して吟子が営む小さな薬局へ戻った小春に笑顔を取り戻させたのが、大工の亨だ。その亨から愛の告白を受ける場面は、蒼井の心の琴線を大きく揺さぶった。
「加瀬さんと『このシーンはキモだよね』と話していて、私も『楽しみにしているからね』とプレッシャーをかけたりしていたんです。実際に撮影に入ったら、加瀬さんが『やったぜ!』って恥ずかしそうに言っているのがおかしくなっちゃって。でも、監督が『もっと大きな声で言って』と指示されて、加瀬さんがそれに応じてお芝居をしたとき、さっきまで必死に笑いをこらえていたのに、とても感動して胸がいっぱいになってしまいました」
■リアルなお芝居の上の芝居
蒼井は、このシーンを撮り終えたあと「自分はふり幅が狭いなかでお芝居をしてしまうクセがあるんだな……と感じてしまいました」と猛省。さらに、2人は新たな問題に直面する。「私と加瀬さんが苦戦したのが、どうリアルなお芝居、日常に落とし込むお芝居にするかということでした。山田組のお芝居って独特で、言葉遣いも違いますし動きもシャープで無駄な動きがないので、日常に落とし込むことがなかなかできませんでした」。そんなときに救世主となったのは、笹野高史の「リアルなお芝居の上の芝居というものがあって、それが山田組の芝居なんだよ」というひと言だった。「知らなかった扉が開いてしまったような感じで『大変だあ』と思いました。今回は何カ月かにわたって撮影をしたのですが、最後の3日間くらいしかそれをつかめた感じがしなかったので、いつかこの経験を生かすことができればと思っています」とほがらかに笑う蒼井の視線はどこに焦点を合わせようとしているのか。山田組に“再登板”する機会がめぐってきたとき、その真価が問われる。