「目力を抜いたような織田の演技は、気の抜けたビールを味わっているようで、何か物足りないところが本作の最大の魅力だった。」アマルフィ 女神の報酬 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
目力を抜いたような織田の演技は、気の抜けたビールを味わっているようで、何か物足りないところが本作の最大の魅力だった。
本省からG8テロ対策の密命を帯びて、活躍する外交官の物語。外交官なのに邦人誘拐事件の解決に、現地の警察も舌を巻くほどの推理能力を発揮する黒田を演じるのが織田裕二。
警官から外交官に役柄を変えても、一匹狼で動き回り、青臭いほどの正義感で行動するところは織田裕二の共通するところではないでしょうか。他の俳優では、臭く感じる台詞も、織田が語ると様になるのは、織田自身が純情で、本気で語れるからではないでしょうか。(だからモノマネされやすい。)
原作の真保裕一と織田の組み合わせは、『ホワイトアウト』以来になりますが、前回のわざとらしさは消えて、ローマを舞台としたダイナミックな舞台設定と、サスペンスの醍醐味として緻密な複線が際立っていました。前作は見てガッカリしただけに、余計に原作者と主演者の円熟味を感じました。
実力派ミステリ作家である真保が、「フジテレビ開局50周年記念の織田裕二主演大作」のためだけに考えた贅沢なストーリーだけに、妙に縮めたところが無く、起承転結がしっかり描かれているところも特筆ものでしょう。
青島刑事役と比べて、本作で織田の演技が変わったところは、目線が優しくなったことではないでしょうか。青島刑事は、犯人に向かって闘志を燃やしながら挑みかかっていました。けれども本作の黒田は、いつも何か憂いをたたえて、誘拐された少女の母・紗江子にも、何か包み込むような優しさを見せています。
これは、「ビギンズ」で語られる黒田がある種の挫折を経験したことがある人物だということと無縁ではなさそうなのです。
同僚にも秘密にしているテロ対策のスペシャリストとしての役割と過去の挫折が、青島刑事とは違った、円熟した大人の魅力を漂わせる黒田の魅力を織田が引き出しているといっても過言ではないでしょう。
ただこれまで織田の出演作を見てきたファンには、目力を抜いたような織田の演技は、気の抜けたビールを味わっているようで、何か物足りなさを感じるのかもしれません。でもそんな評価が出てくることこそ、西谷監督のしてやったりとほくそ笑む顔が浮かんできます。
織田のアンニュイな表情は、港町アマルフィのゆったりとして優美な雰囲気にマッチして、サスペンスドラマを、よりロマンテックに『盛り下げて』いたと思います。
但し、物静かな黒田にも、青島刑事と似ている点も発見しました。それは何かに挑戦していく姿勢です。黒田も平凡な人生が窮屈で、どんな美女からの誘いも振り切って、ひりひりする緊張感を求めて、孤独な闘いに乗り出していくタイプでした。巨大な警察機構と闘っていた青島刑事と、そのスプリッツの点では似ていると思います。
また衣装の面でも、青島刑事がよれよれのコートだったのが、本作では青いマフラーが印象的です。それらの小道具は、現場の空気に合わせて、織田自身が選んでいるのだとか。小道具とか衣装が口で言わなくても、その役の説明をしてくれていると思うと語るところに、役に対する本能的な理解力を持ち合わせる織田のこだわりを示しているものだといえますね。映画では何かを身につけるだけで、ばっとト書きから飛べる小道具の効果が大きいと思います。
またヒロインの紗江子を演じる天海祐希も、娘の誘拐に激しく心が乱れる母親の心情を好演しています。これもこれまでの彼女にはあまりない設定ではないでしょうか。
紗江子を支える友人役の佐藤浩市もはまっていました。事件に深く絡む役柄だけに表の顔と裏の顔、さらにその間で揺れる心情も、彼ならではの深い心理描写であっただろうと思います。
テロと邦人誘拐に絡む本作は、サスペンスにありがちな殺人事件や、犯人とのチェイスシーン、そして爆破などクライムパニックなど無いため、『天使と悪魔』と比べても地味な印象を持つ方も多いことでしょう。でも本作の持ち味は、細かく複線を設定した謎解きにあると思います。たとえば、冒頭の誘拐事件も、なぜ監視モニターに全く誘拐の模様が映らず、忽然と少女が消え去ってしまったのかを追っていくうち、次第に犯人側が仕掛けた途方もない大きな仕掛けに行き着くという次第です。
その見せ方が、よく整理されていて、さくさくとよく飲み込み安くて違和感を感じさせないところが本作のいいところではないでしょうか。
ストーリー把握に気疲れしない分、世界の歌姫サラ・ブライトマンが歌うテーマ曲が耳に飛び込み、加えてアマルフィの美しい風景にうっとりする心のゆとりを紡ぎ出しているのだと思います。(音楽でかなり得点を稼いでいるかも?)
追伸
映画初出演の大森絢音ちゃんは、可愛かったですね。