「映像美、ストーリーの発想の楽しさ、これぞ映画!笑って、泣けてまた感動!!」ミスター・ノーバディ Ryuu topiann(リュウとぴあん)さんの映画レビュー(感想・評価)
映像美、ストーリーの発想の楽しさ、これぞ映画!笑って、泣けてまた感動!!
人の人生は、常に選択の連続である。ある始めの選択を一つすると、その後に選択する事になる選択肢が最初に下した選択の影響下にあり、そこに何か連続性が生まれてしまい、人は最初の選択を違えていたら、また他の廻り合わせの選択肢を選ぶ事が出来ると想像する。
これを、バタフライ現象と呼び、その人生と言う選択の連続性の面白さを描いた作品は多数あるものだ。そう言った近未来ものは、『バックツーザ・フューチャー』や古くは『素晴らしきかな人生』と数年前の『バタフライ・エフェクト』等多数ある。人は余程、こうした現在の選択以外の選択肢に思いを馳せるのがお好きらしい。これって現状に満足出来ない、人間のサガなのか?不安の表れか?果ては、人間は常にわが人生に対し夢想家なのか?分からない。しかし人はいかなる人生の選択をしようとも、それが運命と呼ぼうが、呼ぶまいが、総ての選択のその先に浮かび上がるのは、常に愛を求めて止まないのが、人間という動物の姿とこの映画は言いたいのか?
先の人生へと選択を続け、模索する行為は愛を生きる事そのものと、そしてそれが生きる原動力の源とこのジャコ・ヴァンドルマル監督は表現したいのであろう。
結局どの人生を選ぼうとも、そこに描き出される結果は同じであると言う事なのかも知れない。この映画の中に繰り広げられる、ニノの幾多の人生も最終的には、同じ人生と言えるのではないだろうか?それ故違った人生の筈のそれぞれが、みな同じ一つの夢の様で、どれが本当に体験してきた、我が人生なのか、自分でも、本当に思い出せないと言う不幸?否、平安を手にしているのだろうか?後悔の無い人生の終焉をみな人は望む。近未来に、人は死を迎える事さえ、科学の力で回避出来る日が来るのかは未知数だが、それが、もし、本当に可能となってしまう日が来るのなら、何を目的に、何をゴールとするのだろうか?
ニノでなくても、人は迷宮に入り込んでしまうのではないだろうか?
こんな怖くもあり、楽しい想像の世界を独自の、映像美で楽しむ事が出来るのは素晴らしい!じっくりとこの世界を楽しむと、また明日を違った世界観で、生きてゆく希望を手に
する事が出来る気がした。そんな夢をまた一つ見てみたらどうだろうか?