アラトリステのレビュー・感想・評価
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日本語字幕の問題点
私は、この映画の日本語字幕に、非常に大きな誤りがあると考えます。
主人公のアラトリステは、恋人の女優マリアと結婚できるとは、一瞬たりとも考えていません。彼がマリアにプロポーズしようとしたという印象を与える字幕は、間違っています。
アラトリステが首飾りを買う場面の、宝石商のセリフ、「その美しい方との将来を考えて…」は、プロポーズとも読める日本語です。しかし、本来のスペイン語は、「その方を繋ぎとめるため」程度に訳すべきセリフです。首飾りを贈って今の親密な関係を保ちたいという、遠回しの表現で、結婚を意味する言葉ではありません。
原作によると、マリアはトップ女優の華やかな地位を維持するために、大勢の有力なパトロンと肉体関係を持っています。マリアと結婚する男には、世間から「寝とられ男」と呼ばれ、蔑まれる覚悟が必要です。
誇り高い剣士のアラトリステが、そのような立場を受け入れるはずがないことは、原作を未読の方でも察しがつくと思います。首飾りはプロポーズではなく、頑固で不器用な男の精一杯の愛情表現なのです。
マリアがアラトリステに、結婚の話を切り出す場面の、実際のスペイン語の意味を知れば、アラトリステの心情が更にはっきりします。
アラトリステは、「もし結婚したら、お前に近づく最初の男を殺す。誰であろうと。俺は殺人罪で絞首刑になり、お前は再び未亡人だ」と語っています。
妻を寝とられる屈辱に耐えるくらいなら、マリアのもとへ来た最初のパトロンを切り殺し、逃げ隠れせずに逮捕される。大勢の見物人が注視する中、広場で堂々と絞首刑になるという意味です。
対するマリアも、結婚相手に贅沢な暮らしを約束できる自分を、誇りに思い、まだまだ小娘どもにトップの座は譲れぬと語っています。そのために、パトロンの存在は欠かせません。つまり二人は、愛し合っていても決して結婚できない間柄なのです。
アラトリステ役の俳優ヴィゴ・モーテンセンも、来日の際のインタビューで、「マリアとアラトリステは、互いのプライドゆえに擦れ違い、引き離されて終る。それが、この映画の最大の悲劇だ」と語っています。
映画のDVD化では字幕が監修されると聞き、修正後の字幕に期待しました。しかし、「プロポーズしようとした」という誤った設定が十分に正されなかったことが、残念でなりません。
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