劇場公開日 2009年11月20日

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イングロリアス・バスターズ : 特集

2009年11月21日更新

世界有数のシネフィルであるクエンティン・タランティーノならではの、トリビアたっぷりの作品となった「イングロリアス・バスターズ」。第2次大戦当時の軍人、映画人から過去の英雄に至るまで、知っていればより楽しく鑑賞できる「バスターズ」人物&キーワード辞典をご覧あれ。(文・構成:若林ゆり

「バスターズ」人物&キーワード辞典 その1

映画館の看板を取り替えるショシャナ。この看板にも細かいトリビアが……
映画館の看板を取り替えるショシャナ。この看板にも細かいトリビアが……

●ハイドリヒ中将

ランダの台詞に登場。SS(ナチス親衛隊)の諜報組織、SDの隊長としてユダヤ人絶滅計画を実行したラインハルト・ハイドリヒのこと。「金髪の野獣」、「死刑執行人」のあだ名で恐れられ、42年にチェコの抵抗部隊により殺される。フリッツ・ラングの「死刑執行人もまた死す」(43)は、彼の暗殺を元に撮られた反ナチ映画。

「ドイツのヨーク軍曹」の呼ばれる ツォラー(ダニエル・ブリュール)
「ドイツのヨーク軍曹」の呼ばれる ツォラー(ダニエル・ブリュール)

●マックス・ランデール

ショシャナの映画館で特集上映される、無声映画時代に活躍したフランス喜劇の大スター(ランデの表記も)。口髭をたくわえ、黒のフロック・コートに縞のパンツ、シルクハットとステッキという紳士的ルックスでスラップスティック・コメディの原型を作り、チャップリンらに多大な影響を与えた。

●レニ・リーフェンシュタール

ドイツの女優・映画監督。ショシャナの映画館でかかる「死の銀嶺」(29)の主演女優で、ブリジットの台詞にも登場。山岳映画の主演女優として成功、監督としても才能を発揮したが、ヒトラーの依頼で撮ったナチ党大会の記録映画「意志の勝利」(35)とベルリンオリンピックの記録映画「オリンピア」(38)がナチス礼賛のプロパガンダ映画とみなされ、戦後はナチ協力者として社会から糾弾された。

●G・W・パブスト(ゲオルク・ビルヘルム・パブスト)

ショシャナが看板に名前を飾る「死の銀嶺」(29)の監督。ヒコックス中尉が映画評論家として執筆した「24フレームのダ・ヴィンチ」は彼に関する研究書。幅広い分野で傑作を手がけ、ドイツ映画界の巨匠と謳われた。主な作品に「パンドラの箱」(29)、「西部戦線一九一八年」(30)、「三文オペラ」(31)、「ヒトラー暗殺」(55)など。

●「聖者ニューヨークに現る」("The Saint in New York")

カフェでショシャナが読んでいる本。レスリー・チャータリスが35年に発表した、人気義賊セイントシリーズの1冊。このシリーズはコミック化や映画化もされ、映画化作品のうち「暗黒街に明日はない」(39)など5本でジョージ・サンダース(後述)がセイント役を演じている。

●ヨーク軍曹

ツォラーは「ドイツのヨーク軍曹」と呼ばれる。アルビン・ヨークは農家の出で敬虔なクリスチャンだったが、第1次世界大戦中、アルゴンヌの戦いで20名のドイツ兵を射殺、132名を捕虜にして英雄に。後にハワード・ホークス監督、ゲイリー・クーパー主演で「ヨーク軍曹」(41)として映画化された。

ゲッベルスお気に入りの 「ラッキー・キッズ」のパンフ
ゲッベルスお気に入りの 「ラッキー・キッズ」のパンフ

●「ラッキー・キッズ」("Gluckskinder")

ショシャナの映画館でテスト上映される、ゲッベルスのお気に入り映画。パウル・マルティン監督が36年、ナチス政権下で撮ったスクリューボール・ミュージカル・コメディ。主演はリリアン・ハーべイとビリ・フリッチュという「会議は踊る」(31)のコンビ。ニューヨークを舞台に、ひょんなことから結婚するハメになった男女の騒動を描いた作品で、フランク・キャプラの「或る夜の出来事」をパクっているのは明白。ショシャナはこの映画のキャプラ的な甘さがお気に召さないらしい(オリジナル脚本に「キャプラ・コーンは大嫌い」という台詞あり)。

●リリアン・ハーベイ

フランチェスカが名前を出してゲッベルスを激怒させる、「ラッキー・キッズ」の主演女優。母がイギリス人で英語とフランス語が堪能、歌とダンスも得意だったことから、「ガソリン・ボーイ三人組」(31)や「会議は踊る」(31)などのオペレッタ映画で国際的な人気を博す。しかし第2次世界大戦が勃発するとパリへと渡り、44年から2年間はアメリカで映画進出を狙っていた。ドイツを裏切ったリリアンを、ゲッベルスは許せなかったのだ。

●ジョージ・サンダース

イギリスからハリウッドに渡って活躍した俳優。二枚目から「イヴの総て」(50)などで見せた悪役まで、幅広い役柄で強い印象を残した。とくに第二次世界大戦中はフリッツ・ラング(「マン・ハント」)やジャン・ルノワール(「自由への闘い」)ら、ヨーロッパから亡命してきた巨匠たちがアメリカで撮った反ナチ映画(本作に大きな影響を与えた)に多数出演。脚本にはヒコックスが「若き日のジョージ・サンダースのタイプ」、エド・フェネシュは「壮年期のジョージ・サンダースのタイプ」と記されている。

●チャーチル

第2次世界大戦時のイギリスの首相、ウィンストン・スペンサー=チャーチル。ナチスに宣戦布告して徹底攻撃をしかけ、戦いを勝利に導いた。

カフェでショシャナが読んでいる本は 人気義賊セイントシリーズの1冊
カフェでショシャナが読んでいる本は 人気義賊セイントシリーズの1冊

●ウーファ(Universum Film AG)

第1次世界大戦中の1917年にドイツ軍が設立したBufa(Bild und Filmamt)が前身。21年に民営化され、年間600本もの映画を製作する最大手スタジオに。その後、ナチスに買収されて国有化。宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスの指揮下に置かれ、多くのプロパガンダ映画(それ以外の良作も)を送り出した。

●ルイス・B・メイヤー

チャーチルとヒコックスの会話に登場。貧困な移民からのし上がったロシア生まれのユダヤ人で、MGMのスタジオ責任者として独裁的な権力と戦略を行使。ハリウッドの黄金期を支えた大立者。

●デビッド・O・セルズニック

チャーチルとヒコックスの会話に登場。ハリウッド草創期に映画製作を始めた父の跡を継ぎ、その後MGM、パラマウント、RKOを経て独立し、セルズニック・インターナショナルを設立。確固たる美意識と徹底的なコントロール主義で監督や作品に直接干渉しながら、「キング・コング」(33、RKO時代)や「風と共に去りぬ」(39)など数多の傑作を送り出した。

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