劇場公開日 2009年11月20日

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「監督はグロシーンをこれでもかと突きつけて こういうことだけど、これでいいんだよな?と観客に聞いています これがお前達が望む正しいことなんだろと」イングロリアス・バスターズ あき240さんの映画レビュー(感想・評価)

5.0監督はグロシーンをこれでもかと突きつけて こういうことだけど、これでいいんだよな?と観客に聞いています これがお前達が望む正しいことなんだろと

2021年2月28日
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鑑賞方法:DVD/BD

異常な程の傑作
突き抜けた作品とはこの事です

イロモノ作品の監督から、本作では見事に大作映画の一流監督に脱皮してみせています

2時間半が全く長く感じられません
あっという間に終わります
全編高い緊張感で満たされています

冒頭のシーンから三人の少女の姉妹に向けられるカメラの視線は、下劣な自分にはこの娘達は次のシーンで一体どうなってしまうのだろうと、きっとああなって、こうなって、ドイツ兵達にこんな目にあわされるんだ!と予感してしまうものです
それが娘達の父の無言の涙になり、裏切りになるシーンの説得力はもう練達の監督の技です

英語に会話が切り替わり、床下のショシャナ達には裏切りは分からない
しかし自分達の名前は英語であっても分かる
裏切ったと感じとり逃げ始める描写も見事
距離があり射撃しても当たらないだろうことを観客に理解させて初めて拳銃が下ろされて、緊急の糸が緩む
人間の尊厳を剥ぎ取られてネズミのように泥だらけで走り逃げるショシャナの姿は、私達観客がバスターズを肯定する為の前振りの仕掛けになっています
これもまた感嘆しました

ショシャナがレストランでランダSS大佐とデザートを食べるシーンの緊迫感と言ったらありません
ランダがミルクを注文した途端に、もうバレている!と彼女の心臓が口が飛び出そうな緊張を私達観客も共有するのです
パニックを必死に押し込めて平静を装うシーンの見事さ!

ナチのホロコーストに対抗するためにには、こちらも非人道的であっても構わない
ナチなんか殺してしまえ!

本当にそうか?
冒頭でそれが正しいと思わせる仕掛けをしておいて、監督はグロシーンをこれでもかと突きつけて
こういうことだけど、これでいいんだよな?と観客に聞いています
これがお前達が望む正しいことなんだろと

違うというなら、ナチをどうすればいいと言うのだ?と

それゆえに、頭の皮を剥ぐシーンを露骨に見せるなどあれほど度外過ぎたグロシーンを展開するのです
だから、ブラッド・ピットのレイン中尉は強烈なまでに異常なのです
テーマに基づいた計算された演出です
単にタランティーノだからじゃないと思います

本作は監督自身がどう終わらせていいのか大いに悩んだとあります

見事な解決策を思いついたものです
これは深作欣二監督の1978年の名作「柳生一族の陰謀」と同じ方法論です

映画だから、何だって許されるわけではありません
どこぞの国のように映画のファンタジーを本当にあったことだと信じ込んでヘイトに凝り固まってしまうこともあり得ます
しかし誰もが知っている歴史ならどうでしょう
大きな誰にも分かる嘘ならばついても大丈夫
みんなが嘘だと分かるなら許されるのです
そしてその嘘が、映画の中で感じた鬱屈、こんな事でいいのか!という不満を解消してスカッとさせてくれるならば許されるのです
それが「柳生一族の陰謀」の仕掛けです
この作品をタランティーノが観ていない訳がありません
きっと「この手があったじゃないか!」と、思い出したのだと思います
それがあの有名なクライマックスシーンになったのだと思います

映画の中の嘘で、気持ちが晴れて溜飲が下がる方が平和です
ヘイトはヘイトを呼び、無限地獄へ真っ逆様です
ヘイトによる報復は、報復する側をナチにするのです

第二次大戦中という70数年前のことではありません
2021年の米国大統領選挙の混乱やBLM 運動の尖鋭化を先取りしている現在進行形の問題なのです

日本人には無関係?
馬鹿な!
21世紀の日本人にこそ関係のあることです

同じ第二次大戦に関係して周辺国や国内にいる外国籍の人々とのヘイトとヘイトのぶつけ合い
パヨクとネットウヨクの不毛な平行線

そして21世紀の新しいナチをどうするのかという日本だけでなく21世紀の世界最大の問題

イングロリアス・バスターズが必要?
違うはずです
立ち向かう勇気の無さ
問題を放置して見て見ぬふりをする卑怯さ
対抗し圧力をかけることを厭う怠惰さ
それが21世紀のナチを育てているのです

それは私達の住む日本のすぐ近くで、現在進行形なのです
このままでは私達21世紀の日本人は冒頭の三姉妹の父と同じになってしまいかねないのです

劇中の映画「国家の誇り」は特典映像で本格的に見れます
なかなかによく作られています
タイトルバックのテロップがスター・ウォーズのように遠方に流れていくのは無論パロディ
狙撃シーンは戦略大作戦か遠すぎた橋を彷彿させる本格的なもの
但しやられるのは無論米兵
思考を相対化しろというタランティーノ監督の意志を感じました

あき240
talismanさんのコメント
2021年5月8日

タランティーノ作品の中で最も好きで、傑作だと思います。

talisman