「未だ抜け出せずに…。」ノルウェイの森 真麻さんの映画レビュー(感想・評価)
未だ抜け出せずに…。
夕方からの一回上映になってしまったので、やはり行くべきと思い立ち見てきたのですが無駄ではなかった。
私にはどこを取っても良かったと思える作品でした。
原作は出版当初に人から借りて読んでいます。所謂ハルキストではありませんが、ある種の感慨を持って読んだ記憶があります。
あの時代を私は直には知らない(いや幼すぎてわからないと言うべきか)けれども、思春期の頃に読んだ(私が思うところの)その類の小説、自分より少し前の時代の金字塔のような作品、「ライ麦畑で…」や、「赤ずきんちゃん…」やらを、実際には甘酸っぱい、苦しい内容であるのにもかかわらず憧憬の心持ちで読んだ17や8の頃を思い出して、本当に甘酸っぱい、苦しい気持ちになったのです。
緑や深緑や黄緑色の中を歩き廻る廻る…。白一面の中で確かめあう…。荒海の前で絶望し慟哭する…。
長回しの引きレンズで収められた凄絶な、清廉な自然の中で展開するそれらを、まるで小説を読むかのように見つめる…凝縮された時間でした。
哀しみの中に同化した直子、哀しみを包み込んだ緑。そして哀しみの扉を閉めたワタナベの、その刹那の呟きが「ぼくは今どこにいるんだ?」なのではないかしら。長く居た場所を出た直後、瞬間わからなくなったりする時の呟きと同等の。
原作から感じられる空気感とほぼ同じものを嗅ぎ取り、ある迷いの中に居る私は未だノルウエィの森から抜け出せずにいます。それは決して心地良くはないけれど、そんなに悪くはない。少しだけ光が見えた心持ちは呟いたワタナベくんとそう遠くはない。
この際だから思うことを2、3言ってしまうと、実際の初版はバブル辺りで、つまり当時に既読であったとしても、小説内の時代は20年弱前のことなのだから、その時代に生まれていない世代には想像するしかないわけで、原作を長らく愛してきた人々でさえ、その空気は想像でしかない人も多いはず。
やはりあの時代を生きた若者、所謂、彼らと異質な者をノンポリやプチブル等と非難し、体制を批判し激論した側、対する、そうやって嫌悪される側の心なんかを、本当には理解してる人なんてそうはいないと思うのです。
そしてまた、作り手側は、理解できないとか説明不足とか、そもそもそう言う反応は蚊帳の外なんじゃないのかしら。
秘するが花とか、皆まで申すなの心持ちで描かれているものに、わかりにくいは無意味だとさえ思います。
ましてや、私はわかりにくいというより、かなりたくさん喋らせてると思ったくらいですし。
最後に、緑はかなり猥雑な単語ばかり発しているから、あの抑揚のない喋りじゃないと卑猥すぎるんじゃないかしら。ワタナベくんだって「場所をわきまえろ」なんて言ってましたし(笑)
私は、滑舌が悪いとは思わなかったし、下手なんてちっとも。
誤解を恐れずに言ってしまえば、岸田今日子やらデビュー当時の桃井かおり、さらには市原悦子らを決して下手だなんて思わないのと同様に。