レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまでのレビュー・感想・評価
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二人の演技が素晴らしかった!
テーマが重たいので、映画を観たあとは暗い感じになりますが、デカプリオとケイト・ウィンスレットの二人の演技が素晴らしく、観る価値は多いにあり。ケイト・ウィンスレットがReaderでアカデミー主演女優賞を獲りましたが、この映画でも獲ってもいいくらいの演技でした。実際ゴールデングローブ賞では見事獲ってますが、今後も彼ら二人の息の合った演技、共演を観たいものです。
期待ほどでは
可もなく、不可もなくといったところか。
タイタニックの二人が競演してるんで、
タイタニック続きとみて眺めたら結構面白いかも。
それは冗談として、
久々に、アメリカの普通のドラマを見たと思ったのが、
感想です。
当時のアメリカの普通の世界なんですかね。
最後のほうのケイトがすごいですね。
本筋とは関係ないんですが
ユーモア抜きの『アメリカン・ビューティー』って感じです.
悪い作品ではないけど,鑑賞中に胃もたれするほどヘビーでした.
アップ映像が多いので,ケイトとレオ様の目尻のしわが目立ちます(笑)
もう二人とも若くないんだ~,としみじみ.
しかし,出てくる男がみんな早漏って(笑)
レボリュ-ショナリ-・ロ-ド
ごく普通の家庭を描いた映画。奥さんが浅はかすぎて驚きます。箱入りお嬢様のまま家庭に入ったため、夢見すぎたんですね。外の世界を十分知ってから家庭を持つべきだという見本です。しかし、レオもケイトもパパとママ役をやる歳になったんですね。レオも珍しく普通の役なんで興味本位で見に行きました。でも、普通の役が実は一番難しいんですよね。しかし、何の感動もしなかったし、奥さんがバカすぎてイライラしました。
この際だから、ついでに言うけど・・
映画「レボリューショナリー・ロード 燃え尽きるまで」
(サム・メンデス監督)から。
レオナルド・ディカプリオ演じるフランク・ウィーラー、
ケイト・ウィンスレット演じるエイプリルは、可愛い子どもにも恵まれ、
レボリューショナリー・ロードに住む若夫婦は、誰もの憧れの的らしい。
この映画のタイトルには、ちょっと説明が必要となりそうだ。
さて、その中から選んだ「気になる一言」は、口喧嘩のワンシーン。
フランクが勢い余って口にした「この際だから、ついでに言うけど・・」。
この一言のあとの台詞は、決していい言葉が続く訳がない。
案の定「(子どもを)おろして欲しかった」。
決定的な一打である。
「飲んでるから言うけど・・」(酔っぱらっているから言うけど・・)も同じ。
口にする方は、酔っぱらっているから忘れてしまうが、
言われた方は、けっこう長い間、覚えているものである。
イライラして口喧嘩するのは仕方ないかもしれないが、
「この際だから、ついでに言うけど・・」は、絶対にやめた方がいい。
映画としては、ちょっと期待はずれだったかな。
幸せは必ず近くにある。
S・メンデスは、家族をぶち壊す作品を作るのが大好きみたいだ。
アカデミー賞を総なめにした「A・ビューティー」でも同じような
ことを描いていた。出産=諦め=俗物化みたいな連鎖こそ結婚だと
彼は思い描いているんだろうか。だとしたら、そっちのが問題かも。
1950年代のアメリカは夢のような時代だったそうだ(見せかけは)
でも特にこの作品には時代設定は関係ないかもしれない…^^;
日本の芸能人夫婦だって、いきなり子供が出来てデキちゃった婚、
子供が少し成長すると夫婦にズレが生じて即離婚。妻は女優復帰。
なんてのが、毎月ニュースになっているくらいだから、珍しくもない。
他人同士が一緒に暮らすことは、価値観を共有することになるため、
お互いが同じ方向を向いているうちはまだ良いのだけれど、
男は外へ出て毎日仕事をし、妻は家で家事と育児に追われていれば、
互いのストレスそのものにズレが生じてくるのは当たり前。
子供は確かに可愛いが、それ以上に自分が可愛い二人なもんだから、
この結婚が間違いでなかった=自分は特別だからそんなはずはない。
みたいな思いこみに煽動され、お互いを罵り合って傷つけ合う。
どこの夫婦にも必ず訪れるこの時期(長い目で見れば分かることも)
相手を思いやる心を持つことが必至なこの時期を、乗り越えられず
離婚に至ってしまう夫婦は今だって、すごく多いんじゃないだろうか。
まぁでもこの二人は、最初からあまり相性が良くなかったのかも。
合わない二人だから、自分らの子供も可愛く思えなかったんだろう。
いちばん可哀想なのは、当の子供達なんだけどね。
私も一応女なので、妻の気持ちが(多少は)分かるところがあった。
例えば冒頭の大喧嘩などは、夫の励まし方がなってない(ゴメン、レオ)
彼は(励ますつもりで)あーだこーだと横でまくし立てたのだろうが、
あれでは妻の神経が参ってしまう。まるで励ましにも慰めにもならず。
ああいう時は、何も云わずに、黙って妻の肩を抱いてやればいいのだ。
悔しかった、悲しかった、その想いをただ共有してあげればいいのだ。
男性の優れた解析力は、女性の感情下では、かなり邪魔に思えるが、
しかし男性側からすれば、それは一生懸命励ましてくれている証だ。
悪気がないので難しい上、必ず喧嘩になる。男脳と女脳はやはり違う。
彼らの心を代弁していたのが、あの神経病?の男だったが、
ことなかれ主義を決め込む生き方も、自由を求める生き方を選ぶも、
まずは心身健康な状態で、互いの置かれた状況を把握できてから、
見つめ直して再生、それからだってちっとも遅くなんかないのだ。
いま足元を見ずに先走って、大切なものを失うことのないように。
それを云われている気がした作品だった。
(タイタニック再び。この二人の不幸はどこまで続くんだろうか!?)
水(男 )+土(女)=泥
容姿端麗な男女が結ばれ結婚する。が、お互いにそういう外見を持った性か自分には他の人にはない「特別」なものがあると信じ、平凡な夫婦生活に終止符を打とうとする。そこから始まる転落劇。
この「特別」さというものが、イギリス人監督サム・メンデスが「アメリカン・ビューティ」でも見せたアメリカという国に対する風刺となっているのがこの作品のミソです。
レオ演じる男がほんとによく喋る。口から生まれてきたんじゃないかというくらいの詭弁家です。必ずしもいつも話合う必要はないと最初から最後まで主張するケイトにわたくしなんかは肩を持ちたくなりました。
夫婦生活の破綻を描いた作品ですが、よくよく考えてみるとレオとケイト演じる夫婦は極めてアブノーマルであります。夢を思い描いた事は決して悪い事ではない、重要なのは常に行き過ぎた思考や行動しかとれなかった事なのでしょう。
「タイタニック」カップルを映画の軸にするということで、サム・メンデス監督の才能が殺される不安がずっとありました。スター性の強い俳優はややもすれば監督の個性を削るものだからです。その不安は半ば以下の程度で的中したくらいだったので安心。
メンデス監督は、「アメリカン・ビューティ」ばりにブラックユーモアを本作にこめています。タイトルからして作品を観た後に考えてみると、とてもユーモアがあってやはりこの人は知的だなと思いました。
主演二人のオーバーアクティングに途中から食傷気味になりましたが、とにかくドラマ仕立てが素晴らしく、さらにメンデスらしいエレガントな調味料も加わり、結果思ったほど消化不良はおこしていませんでした。
この作品で特に光っていたのは、メンデスのシナリオライティングと、そこで生みだされた精神病院に入院していた数学者演じるマイケル・シャノンです。この役柄は劇中二回しか登場しませんが、たった二回だけで作品をさらに深い次元に導く事に成功してました。こういったキャラクター造形に監督の才能を感じます。そして、それを演じきったシャノンはお見事。
ちなみに本作のエンディングはわたくしの中でベスト3に入るくらい素晴らしいものとなっていました。本当はA+をあげたいのですが、とにかく主演二人の演技が過剰で途中からうんざり気味だったのでマイナス2の評価です。いずれにせよ(特に)セカチュー世代はこの作品観たほうがいいと思いますよ。
時代や人は違うけど、虚しい気持ちはみんな同じ!?
映画を観る前から、かなりシリアスなストーリーと聞いていたので覚悟はしていたんですが、
やっぱり切なさが残る映画でしたね。
ケイト・ウィンスレット扮するエイプリルの哀しくも残酷な決断!
でも、何故か、そんな彼女に共感が持ててしまうのは、女性であり主婦であり母親でいなくちゃならない自分だからなのか・・・
自分の人生を見つめ直した時に感じる不安。
現実と理想とのギャップ。
男女間の思考の違い。
勝手に周囲から理想化されてしまう環境。
リアルに描かれてる映画だけに、心にズシン!ときました。
自分の人生って
一体なんなんだろうね・・・・
今回、久しぶりの名コンビ!ケイト&レオ様共演っつ~ことで
めちゃめちゃ嬉しくて、そして二人の成長ぶりに感激しまくりの私(^o^)
迫真の演技にも益々磨きがかかって、喜ばしい限りです^^
二人の演技にはA+
ストーリー的にはA-
・・・ってな感じで総合はAになりました^^
1月28日109シネマズ高崎にて観賞
あの時代のアメリカの女性って・・・
エイプリルみたいに
自分の今の生活は何だか違う、
と思っている女性がどれくらいいたのでしょうか?
アメリカ女性の私の印象って
自分をしっかり持っていて
夢にまっすぐに向かっていく、
というimageが強いので
それでも1950年代時代だと
日本みたいに夫に従って、
女性は専業主婦、という感じが
やはり多い時代だったのでしょうか??
そういう時代にエイプリルはついていけなくって
どんどん自分を追い込んで行ってしまったのか???
この映画を観て一つ思ったのが
何事も決断が大切、という事かも。
その決断が一瞬でも遅いと
思いもよらない結果へと導いてしまう。
最後のこの映画の展開で私はそう思ってしまいました。
現代社会へ「心の病」を蔓延させるなと言う警告メッセージ
私もこの映画の主人公の女性と同じような人とつきあっていた事がある。エイプリルの言った「パリへ移住しに行きましょう。あなたは仕事をしなくてもいいの。私が働くから。」この言葉の中に”根拠”と言うものがあれば、旦那を承知させることができたのかもしれない。
しかも彼女がパリで生活した経験も無く、さらにそこへ行ったことも無いのだ。旦那が軍でパリに駐屯していたからと言うだけの理由で、
それを押そうとする。
私の昔につきあっていた彼女が、これに似ていた。自分の意見が通らないと一日中気分が悪く、文句だけが続いた。一人っ子でわがままに育てられていて他人の気持ちなど考えると言うワンクッションが無い。しまいにはうつ病を発生して「あんたなんか愛していない。」となった。エイプリルがフランクに言った「愛していない。」と言うのとそっくりだった。
他の場所のレビューで「なぜ今頃こんな映画なのか?」と分からない人たちが沢山いるようだったが、1955年を舞台に描いたこのうつ病の映画は、この頃にはカウンセラーも、病気に対する処方箋も無かったのだ。半世紀を経た現代でこの病気で苦しんでいる人たちは、膨大な数になっているはずだろう。しかし、この病が完治するには多くの時間と治療と安らぎが必要となってくる。しかし、本当に現代の社会の中に「安らぎ」があるのだろうか。そして、50年前のシチュエーションを描いているこの映画の中では、隣人たちもこの夫婦をよそ者扱いをし、不動産屋の夫婦もうわべだけの応対しかしない。ある1人の人物であるジョンと言う心の病気に襲われている人間だけが、真摯にこの夫婦へ「真実の言葉」を送っている。しかし、それはフランクのような正常な弱い人間には「彼の言葉の核心」が見えてこない。
現代のねじ曲がった社会の中で心の病が大勢の人々を病ませている、そして50年前のまだ人間らしい生活ができていた社会の中でさえ、
その病を治すことが困難だったのだと言う作り手側のメッセージ。
今、癒しと言う言葉が本気で語られる世の中に、これらの病気が蔓延しないように止められる術はあるのだろうか。深いメッセージがこめられている映画だと私は思う。単なる夫婦を描いた映画ではない。
理想と現実と人生
高い理想と,平凡な現実のギャップに苦悩する
フランク&エイプリル。
自分を抑えて
深く虚しく葛藤を続ける二人の緊張のドラマを,
ほぼ二人だけで見せきった
レオナルド・ディカプリオ,ケイト・ウィンスレットに拍手。
丁々発止の演技対決が見応え!!
狂気と背中合わせの虚無。
希望が見えなくなる生活の空気感は,
まるで,暴力の無い「ノーカントリー」のよう。
すれ違いの悲しい夫婦の姿から浮かび上がる,
答えのない普遍的なテーマ。
探し続ける人生。
年齢を重ねて年代別に見直すたびに,感想が違ってきそう。
ハッピーな話ではないが観てよかったと思える作品
Leonardo DiCaprio演じるフランクは
妻と面と向かってきちんと話をして
わだかまりなく進もうというタイプ。
時として口論となった時には大声でどなるし
(実際にはなぐらないけど)カッとなって手をあげたり物にあたるタイプ。
けれど、単純なhappy-go-lucky person じゃなく
彼は彼なりの対処の仕方で、努力して物事を理解し
平凡な毎日に意味を見出して生きていこうとしている。
それに反してKate Winslet演じるエイプリルは
どちらかというとガス抜きが下手なタイプ。
unpleasantな問題が持ち上がり
フランクが話をしようとしても
「お願いだから、黙って!!!!」
と言って、フランクの怒りを買ってしまう。
けれど、二人ともただ不満をぶちまけているだけじゃない
もがいてもがいて何かを変えようとしているだけ。
決してハッピーな話ではないのだけれど
観てよかったと思える映画。
ただ、カップルでは観にいかないほうがいいかも。
少なくとも私は独りで観にいってよかったと思った。
女性として・・・
人生の意味。
生きていく場所。
出産。
色々考えさせられました。
絶対カップルで行っちゃだめ!!
ひーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
「燃え尽きるまで」という副題とポスターしか知らずなんとなく観にいったら・・・本当にショックを受けました。
いかにもよくある話。だけど恐ろしいほどに生々しい。
そしてぐったりするほどの緊迫感。
とにかくとことん苦い。希望がない。疲れる。大人になりたくなくなる。笑。
ケイト・ウィンスレットはすごく演技がうまいけどかなりおばさんになっていて驚いた!
ほんとにこれは、大人の映画だと思う。よく出来てるし、ちょっとないぐらい衝撃を受けるし考え込んじゃう。でも私は大人になってもマンマ・ミーアとか観てたい・・・
とりあえず絶対にデートムービーではないので注意!!
『家族の終わりに』ではダメなの?
流石はサム・メンデスの映画。美術も衣装も編集も話運びもスキが無い。しかし、彼だから故かマジメに悲劇や人間の愚かさに向き合いすぎて、後味が悪い。ほんとはA-つけたいけど、そこでマイナス。原作があるからしょうがないけど、郊外の退屈をコメディにしてしまった『リトル・チルドレン』のアプローチは秀逸だった。
オスカー無視だったけど、ロジャー・ディーキンズの撮影も抑制と誇示のバランスが素晴らしい。
レオとケイトは完璧な演技。オスカー無視は残念なくらい。但し、ちょっとハイペースな力演なので中盤あたりでおなかいっぱいになる。『その土曜日~』でもバリバリした存在感を出していたマイケル・シャノン、精神病患者なれど物の本質をズバリつきまくり場面をさらう。この映画の数少ないコメディアプローチで面白い場面でした。
現実を見せつけてきます!!
あまりにも悲しい、そしてリアルな話しでした。
ここで描かれるのは、男の本性と、女の覚悟です。
勝手な解釈ですが、描いていた夢が遠ざかった場合の男性と女性の、現実との向き合い方の違いでしょうか。
覚悟のできない(割り切れない)男性と、
覚悟ができる(割り切れる)女性
この根本的な部分での違いを初めてリアルに描いた映画ではないでしょうか?
『めぐりあう時間たち』の中でもジュリアン・ムーア演じる専業主婦が生き甲斐というものに疑問を感じ、生き場所がない苦痛を表現していましたが、この50年代のアメリカにはなにか、そんな背景があるのでしょうか?
専業主婦となった妻が、目標とするものは?
夫にすべてを託してしまうのでしょうか?
そして、その夫は、その期待をどう思うのでしょう?
夢が現実となった時、期待がプレッシャーになったりするのでしょうか?
二人のどちらかが間違っているというのではないと思います。ただ、期待するもの大事にするものがずれていたり、相手に期待する部分、自分がすべき部分が違っていたり、夢が叶わなかった時に自分なりに、どう処理していくか・・・・
ケイト・ウィンスレットは、完璧に演じています。本当に上手な女優さんです。スターというより演技派女優ですね。
この作品は、内容的に決してデートムービーではありませんが、カップルで観て議論するのもありかも。
原作にもあるのですが、ラストカットが、気に入りました。もちろん、皮肉が入っているのですが、〝うまくいくには、こうすること〟の意味が含まれていて現実はともかく、シーンとして
演出として気に入りました。
絶望的な虚無感
平凡な日常に満足できずに、人生を追い求めようとしてすれ違ってしまった主人公夫婦も切ないが、他に出てくる夫婦もみんな心がすれ違っていて、結婚ってなんなんだろうと考えさせられました。監督と主演女優が夫婦なのに、こういった設定の映画を選んで初コラボしてしまうところにイギリス人のひねくれたセンスを感じます。
切なすぎる・・
幸せってなんだろう?傍から見たら、とっても幸せそうな家庭でも、当人たちは、そうじゃなかったり、夫婦の間でも、幸せの形は違う。すれ違いって怖い。話しあえば、よかったの?どうすれば、すれ違わないの?怖くなってきた。
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