「主人公の心が戦争によりブチ壊れていく心理ドラマでした。」ハート・ロッカー 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
主人公の心が戦争によりブチ壊れていく心理ドラマでした。
タイトルの意味するところは、主人公の心が戦争によりブチ壊れていく過程が描かれているから来ていました。どうブチ壊れていくのか。それは恐らく皆さんが戦争映画に思うイメージの逆をついたものだったのです。
冒頭監督は、まるで観客に挑戦するかのように、一行のテロップを何気なく示します。 『戦争は、麻薬である。』と。激しい戦闘にのめり込ば込むほど、その刺激にのめり込むようになるのだと宣言して、物語は始まります。その一言に、そんなはずだろうと直感しました。だけどエンディングになんと主人公トンプソン軍曹は、円満な家庭生活に自分の居場所はないと悟り、自ら志願してまたまたイラクでの爆弾処理に赴いていくのです。
その間にあった、わずか38日間のイラクでの爆弾処理の体験。そこで描かれる極限状況と日常生活を心理描写まで限りなくドキュメンタリーに近い現実そのままのタッチで描かれることで、監督の冒頭のメッセージに、思わずう~んと唸るしかありませんでした。 ラストまでに見事に納得させられたのです。
舞台はフセイン政権崩壊後の混乱まっただ中の04年、首都バグダッド周辺で活動す
る彼らが、任務明けを迎えるまでの出来事を追っていきます。
ジャーナリストのマーク・ポールがイラクで米軍を取材した体験をもとに脚本を執筆しており、限りなくノンフィクションに近い現実味がこもっていました。爆発物処理班の兵士たちは、現場で爆弾だけを相手にするのではありません。解体ロボットを操作し、宇宙服のような防護服に身を包んで慎重に作業を進める彼らは、見張り役を立てて周囲に鋭い目を光らせる必要があります。近くに隠れ潜む敵が、いつどこから攻撃を仕かけてくるかわからないからです。そんな戦場での爆弾処理を巡る状況が、徹底的にリアルに描かれていました。
本作に近い作品として、下記の二つの作品があります。
ブライアン・デ・パルマ監督『リダクテッド 真実の価値』は、イラク戦争の中で、ある検問所の兵士が記録した映像を再現したもの。検問所の米兵が、14歳の少女をレイプし、その家族を惨殺、その後少女の顔面に銃弾を撃ち込んで火を放ったという事件のあらましを描くもの。
本年5月公開のマット・デイモン主演の『グリーン・ゾーン』は、イラク戦争の口実に使われた大量破壊兵器の所在を巡り、国防総省の自作自演であったことを告発するものです。
この二つの作品は、反戦映画として、かなり露骨なメッセージを主張します。ところが本作は、一切政治的主張を出しません。爆弾処理に明け暮れる主人公の日常を淡々描いているのに、描いている出来事が戦争の狂気を強烈に印象づけられてしまう。そんなビグロー監督の演出の巧みさに魅了されました。
このこと以外にも、本作でのビグロー監督の驚くべき演出力の高さは枚挙に暇がないほどです。イラクの隣国ヨルダンでロケを実施し、「ユナイテッド93」のバリー・アクロイドを撮影監督に起用。手持ちカメラによる臨場感に満ちた映像で、まさしく『一触即発』の戦場の危うさを観る者に体感させていきます。常にカメラの先には、舞台を見つめる現地人の姿を映し出し、このなかにゲリラが潜んでいるぞと言わんばかり。事実油断してみていると、次のシーンでいきなり狙撃を受けたり、突如爆発が起きたり、何かが起きる!と予感させる緊迫感溢れる展開に、画面に釘付けとなったのです。
冒頭のシーンで、爆発が起きるときの静けさ。そしてわざとスローモーションで描かれる爆発シーンが、こんなにも強烈な印象をもたらすのかと思い知らされました。始まってすぐのシーンから、演出のレベルの高さに脱帽さらせれしました。
爆弾処理という人命救助のミッションに身を投じた兵たち。その死亡率は5倍も高く、死線ギリギリの日常のなかで、兵士たちの恐怖や不安をえぐり出す濃密な心理描写にも引き込まれることでしょう。
ところでアカデミー賞では、「アバター」が各賞を独占しそうな勢いです。ビグロー監督は「アバター」のジェームズ・キヤメロン監督の元妻です。対照的な作風の2作品で元夫婦がオスカーを競い合う構図もおもしろいです。SF大作に、全員無名の役者と究極のリアリズムをもって対抗するしている本作こそ、ぜひ作品賞をとってもらいたいものだと願います。