「その日の前も、その日も、その日の後も、一生懸命生きて下さい」その日のまえに 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
その日の前も、その日も、その日の後も、一生懸命生きて下さい
大林宣彦監督2008年の作品。
原作は重松清の同名小説、脚本は市川森一と豪華布陣。
2人の息子がおり、付き合い始めた頃から仲睦まじい健大ととし子の夫婦。
そんな幸せな日々が突然…。
とし子が病で余命1年…。
難病モノだが、大林監督が手掛けると湿っぽいお涙頂戴にならず。
病院の許可を得、健大も仕事を休み、2人で若い頃に住んでいた思い出の地を久し振りに訪ねる。
変わっている所もあれば、変わっていない所も。
貧しかったけど、夢や愛情に満ち溢れて、幸せだったあの頃。
それは今も。
イラストレーターの仕事をしている夫の傍らで、猫のように寝そべっているだけでも。
幸せは、幸せだと気付く前に、過ぎ去ってしまう。
そして、後悔する。あの時、自分が足で落としたペンを拾おうとしたから…。
そうではない。遅かれ早かれ、唐突であっても、“その日”は必ずやって来る。
ならば、その日の前に、その日をどう迎えるか。
夫婦は、共にその日まで、一生懸命生きる事を選ぶ…。
夫婦と子供たち、家族の物語。ナンチャンと永作博美が演技力に差があり過ぎるが(どっちがどっちとは言うまでもない)、思いやる夫婦をほっこり好演している。
同じく余命宣告を受けた男と、再会した旧友の物語。筧利夫と今井雅之が男の友情。
妻の故郷の岩手の偉人、宮沢賢治。
その宮沢賢治の詩を歌う不思議な少女。原田夏希が印象的。
少女の歌に聞き惚れる中年女性と、その息子。柴田理恵他、豪華なキャスト。
それらが交錯する群像劇。
延々と喋り続ける登場人物、延々と流れ続ける音楽、ユニークな映像表現。
ノスタルジックで、切なくて、ファンタスティックな雰囲気を醸し出す。
好きか嫌いか分かれる作風だが、大林ワールドはいつもながら。
ファンタスティックであっても本当のファンタジーではなく、ヒューマン・ドラマ。
その日は近付いてくる。
隠していた子供たちにも話す。
家族皆で、その日を。
そして…、遂にその日が。
その日まで懸命に生き、心の準備も、どう迎えるかも、覚悟していたのに、分かっていた事なのに。
この家族だけではなく、複数の大事な人との死別も描かれる。
友人、母子家庭、妹、家族…。
辛い。悲しい。
誰もが経験ある筈。
その日のあとに。
その日の前の生活を取り戻そうとしていたある日、妻から手紙が。
その一文に嗚咽。
そんな事、出来る訳ない。
クライマックスの盆の花火。
劇中の生者と死者が会する。
永遠の別れなんて無い。
さようなら。
でも、忘れないよ。
本作は2008年。この8年後に、大林監督は癌で余命宣告を受けた。
今見ると、大林監督はその日の前に、その日をどう迎えたか。
…いや、分かり切っている。
映画を撮り続けた。それはつまり、生き続けた。
ラストの台詞が全てを表している。