「完全なゆとり映画(笑)」ブタがいた教室 ★かじぃ★さんの映画レビュー(感想・評価)
完全なゆとり映画(笑)
正直ゆとり社会がこんなに怖いと思わされる映画だとは思いませんでした。
これは「ペットを可愛がる」がテーマの映画なのでしょうか?
そもそも初めから教育指導をする上で大切なことを子供達に説明も無くただ動物を育てようってだけの教育者までもがゆとり脳みそで描いたらこのような駄作になって当然だと思います。
劇中で「飼育」や「育てる」という言葉を使っていますが授業として行うのであれば「養豚」という言葉で子供達に「食す」事を前提とした授業であることを説明しなければなりません。
若さ故の演出なのか分かりませんが、いただきますもろくに言えない子供が…と言うセリフは正にお前自身だろと言ってやりたいくらいの主張の弱さ(笑)
校長が賛成派として推してくれたから行えただけであってあんなプレゼンで企画が通る企業なんてあるのか?と思わせてくれるようなゆとり教師の設定で何をやるのかと始まりから駄作の臭いがプンプンです。
名前を付けるにしてもこれは食用だから1号と数字で呼びますとはっきり「ペット」と「食用」の境界も引けない大人に子供の多数決で名前を付けられるって指導者としての威厳がありません。
養豚を開始した時点で教室に「卒業式に豚を食べるまで後○日」というカウントダウンを最初から行うべきです。
ダラダラとした無駄な飼育、挙句には子供達に任せたって投げやりな態度。
子供はそういう大人を見て成長するので、当然最終投票に教師もクラスの一員だから票を入れるべきだと問題を投げ出す始末。
同数票である以上後一票で決議するなら、これは全員の意見を無視して一人の人間に判断を丸投げする意味だとバカでも分かります。
途中の論争でもそうですが、そもそも論点が間違っています。
3年生に引き継いで飼育してもらうか食用センターに引き取ってもらうか…生徒達は当然のように長く生きて欲しいから3年生にと言いますがどちらも丸投げの話ですよね?
卒業しても面倒を見に来ると主張する生徒もいますが、教師なら説明すべきでしょう。
卒業後に面倒を見に来ると言う事は放課後チラっと覗きに来ることは面倒を見るとは言わないと。
何故論争で、自分が引き取って家で飼育します!や、卒業後進学する中学校で飼育出来ないか交渉してきます!って主張が無いのでしょうか?
面倒を見ることは人に押し付けることだと小学校から認識させたままの教育に驚きです。
誰が豚の食料を購入するのでしょうか?
誰が豚の飼育スペースを確保するのでしょうか?
自分達が生かしたい、育てたいと主張する意見を守るのであれば、土地を買うなり飼育スペースを作ること、食費を自分で稼ぎ餌を調達してくること…そういった事を教えなければ子供は与えられた物でしか何とかしようとしませんし、当然そういった責任が生まれることすら考えてもいません。
ナメてるとしか思えません。
綺麗事だけじゃ豚は買えないってことを教えること、最後は泣かしてでも食わせることがこの授業の完了以外に無いと思います。
世界には雑草すら食べられない子供達がいます。
どれだけ自分達が恵まれているのか、その上で自分達が育てた物を食物として食べることにどんな意味があるのか。
それがテーマであるはずです。
映画としてはいい話だと思います。
感情が生まれるのも事実だし、命は大事だと思います。
しかし、これは何を問題とした話なのかさっぱり分かりません。
食卓に出たご飯は食べられるけど、「ペット」は食べられない(笑)
そういう話にしか聞こえません。
さぁ明日はうちの猫を食べましょう♪
なんてならないのは当たり前です(笑)
豚を飼う家庭は少ないから食べられるかもしれない…そんな甘い考えで出来た話だとしか思えません。
昔、チャウチャウは食用犬として食べられてきました。
今は犬は「ペット」としか見られないですが、どうせならチャウチャウは食べられるから食用として育てようという題材であれば始めから「食べる」か「食べない」かの論争から始まったのでは無いでしょうか?
食べる前提で飼育を始めれば、まさか最後になって「この犬は食べたくない」とは言わないでしょう(笑)
そもそも犬を食べる前提で飼育する所から始まるんですから(笑)
教育者がいかにぬるいか、ゆとり社会はこれだけ問題なんだと訴えることがテーマである映画なら納得のいく内容ですが、まさかの結末や世間の評価の高さに嘆きしか感じない映画です。
当然ここまでの話に仕上げれば問題作になるでしょうが、残酷さがあるからこそ理解や学び取れる感情や知識、考えさせられる物では無いでしょうか?
子供達が考え意見した発言に対し、そこから起こりうる問題などの説明を教師が行わず何が教育でしょうか?
言うだけなら簡単です。
実行に移せるのかどうか、それについての責任を教えないなら始めからこんな授業は行うべきではありませんね。
あまりに楽観的で堕落した話のため、綺麗に話を終わらせようとして無意味に警察や食用センターの方々、挙句3年の生徒や担任まで巻き込んだ茶番劇。
子供達と一緒になって数多くの人を振り回した教師含め生徒達には謝罪してもらいたいです。
始めから計画性の無いことを無責任に行えば、このような自分達では解決・決断出来ない事項が必ず生まれる…と、そういうことを教えるための教訓話としては大成功でしょう。
最後に、自分が育てた物が食えないなんて農家の人に謝れと言いたい(笑)
世の中には無理矢理食わされて三大珍味とか言われている家畜どころか鬼畜な飼育方もあるくらいなのに可愛がられて食べられるってどんなに幸せか(笑)
綺麗事だけ並べて論点をすり替える最低の映画で虫唾が走ります。
追記ですが、
最後の方に3年生へ飼育の引率の手引きを行った担任の手際の良さは関心させられます。
校長の許可も得て、養育カリキュラムも作成し提出。
ただ、生徒達のセリフ「どうして私たちは育てられないの?」
納得出来ません。
確かにもらう話はありましたが、学校の備品でもありませんし譲渡契約を交わした訳ではありませんから当然まだ購入者である教師の個人的な所有物です。
これをもらえる前提で頭にある子供の強欲さは恐ろしい。
教壇の前で断った以上契約は不成立であり、話は終わっています。
まぁここまでお膳立てをした以上、土壇場で覆されたのですから3年担任が「私では信用できないのか?」と思うのは当然です。
何しろめちゃくちゃしっかりしているので任せて当然のレベルです。
それに対して「ごめん」の一言ってぶっちゃけ映画全編通してこの教師は一体何がやりたいのか?と。
良くそれで社会に出てきたなと。
思いつきで行動する教師。
この映画の中で一番の悪です。
育てられなくなったペットは捨てればいい。
可愛いから育てる。
可愛くないから捨てる。
一番やっちゃいけないストーリーでは無いでしょうか?
こういった内容の話では何が一番いい結末を迎えるのかが難しいとは思います。
だからと言って綺麗、汚いの話で終わって欲しく無かったです。
これでは好きだから食べる、嫌いだから食べないの好き嫌いのレベルの話です。
卒業式の日、親御さんを含め卒業式の後は校庭でバーベキューパーティ♪
卒業式の日が楽しみで途中で抗議すら起こらなかったでしょう(笑)
いきなり食べないとか言われたら暴動が起きていたでしょう(笑)
よくもまぁこんなゆとり教師が給料なんてもらっているなと腹の立つ話でしかありません。
逆に言えば教師なんてこの程度のレベルで就ける仕事なんだと言えますね。
一つの話としては完成だとは思いますが、映画としてのテーマや題材を無視したストーリー展開には全く点数を付けたくない映画です。