「交響曲第7番が奏でる叙情に圧倒的な映像美。どん底のような人生でも、世界は美しかった。」落下の王国 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
交響曲第7番が奏でる叙情に圧倒的な映像美。どん底のような人生でも、世界は美しかった。
全体として、これほど映像美に満ちた作品はないと思いました。
まずは冒頭からして大感動!
なぜかモノトーンの映像に、鉄橋を走る蒸気機関車が写ると、なぜだか乗客とおぼしき若い男女と馬が川に落ちて救助を待ち受けているのです。
とっても深刻な場面なのに、川でおぼれかけている二人をスローモーションで描くと妙な躍動感を感じました。さらにバックにベートーベンの交響曲第7番第二楽章がかぶるとものすごくドラマチックに見えてきて、これから始まるドラマへの期待感が否が応でも高揚するのでした。
この謎のモノクロシーンは、ラストに近づくにつれ、何でこうなったのか次第にわかります。
とにかくこんな映像を心のどこかで見たいと漠然と思っていた願望が叶ったような冒頭シーンでした。
スタントマンのロイは、撮影中大けがを負って入院。入院中に恋人も盗られてしまい、体のキズ以上に、心に深手を負っていたのです。ロイは怪我で動けない自分に変わって、言いつけを素直に聞いてくれそうなアレクサンドリアに目をつけました。そして、彼女を操り睡眠薬を盗ってこさせて自殺してしまおうと目論みます。
原題『The Fall』は、スタントマンであるロイが「落ちる」ことを生業にしていることと、失恋して絶望のただ中に落ちることの二つを掛け合わせていたのです。
ロイは目的を達するために、アレクサンドリアの好奇心を引きつける話をします。ひとつはアレクサンドリア大王の最期。そしてもう一つは、総督オウディアスの圧政に立ち上がった5人の勇者+1の復讐物語。どちらもモノトーンの雄大な風景をバックに極彩色の衣装まとった登場人物が活躍する映像美に溢れたものでした。
特にエビリン姫の登場シーン。黒山賊との結婚する舞踏会シーンは息を呑むほど美しかったです。絵本作家の葉祥明先生も素晴らしいファンタジーと絶賛されておられました。
6人の勇者は、それぞれ個性的で、オウディアスの軍勢を痛快に打ち破っていきます。この物語をスピンアウトして見たいと思うくらいの出来です。なるほどこういう話なら、アレクサンドリアもロイの語る冒険物語に夢中になって、続きが聞きたくて言いなりになってしまうのも無理ないことでしょう。
ここまでなら、有り触れた話。
でもこの作品に緊張感が漂うのは、ロイの自殺願望。ついにロイは、アレクサンドリアに睡眠薬を持ってこさせることに成功するのです。何度も、危機一髪!ロイは自殺に成功して、勇者の話は打ち切りかという複線があるので、妙にドキドキさせられる作品でした。
面白い勇者の話も、語る人が人生に深く絶望したロイなのです。彼の話は次第に現実と交差していき、荒唐無稽で悲惨なものになっていきます。
ロイによって、次々殺されていく登場人物たち。
アレクサンドリアは、ショックで号泣します。何で殺しちゃうの!死んじゃやだ!彼女の無垢な心の叫びは、ロイの心を動かします。
ファンタジーに過ぎなかった話が、現実の傷ついた心にシンクロしてゆき、光を灯すことに繋がっていきました。
ターセム監督は、あえてストーリーを破壊するというリスクを冒しながらも、意味ある感動に変えていったのです。見事なストーリーテーリングでした。
そして何よりも、アレクサンドリアを演じたカティンカり天然ぶり。終盤の現実とファンタジーがクロスするところをなんなく自然に演じ分けているのです。それと彼女の可愛さ。感情表現がうまくて、彼女が号泣したとき、ついついもらい泣きしてしまいました。
でも残念ながら、瓶のなかにたっぷり入った睡眠薬を知らずに、アレクサンドリアはロイに渡してしまいます。翌朝、窓の外には死者を運ぶ荷車が横付けにされていました。それを見たアレクサンドリアは必死で、馬車の後を追いかけます。
ああ、あの勇者の行く末は、もう聞くことができないのでしょうか?
絶望の淵に落下しても、生きていれば、そこがわが心の王国になります。そして世界は美しい。どんな悲惨な人生でも、生きていることが素晴らしいんだということを感じさせてくれた作品でした。
それにしても、4年かけて世界をロケハンし続けた、ロケーションも凄いです。世界遺産が目白押し。シメントリーにパターンで表現されたシーンも多く、写真家ならこんな映像を撮ってみたいと思うところばかりでした。
交響曲第7番が叙情を奏でるエンディングも深い余韻を残してくれました。
映画ファンなら絶対映画館の大スクリーンで見るべき作品ですね。