12人の怒れる男のレビュー・感想・評価
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ストーリーを変えずにテーマを変えた
有名な「十二人の怒れる男」のロシア版リメイク。オリジナルは漢数字の十二でこちらは英数字の12なので検索の時とか注意してね。
原題は「12」ロシア人は案外穏やかで怒ってなかったからね。邦題の付け方が悪いよね。
それで、三時間近い作品なんだけど、何がそんなに長くなる事があるのかと思っていたら、被告の少年のパートがあるんだよね。オリジナル版での少年はほとんど空気だった。
一見、余計なことのように思える少年の扱いが大きな比重を占めているのには理由があって、オリジナルと舞台設定とラスト以外の筋書きがほぼ同じでありながら、主題、メッセージみたいなものが変わっているからなんだよね。
オリジナル版から更に一歩踏み出して、チェチェン紛争やロシア人の国民性などの、すごくロシアの文化、風習に寄り添ったテーマになっていて、上手くロシアに落とし込んだなと感動的ですらある。
オープニングとエンディングに格言のようなテキストメッセージが出る。わざわざ出すのだから当然重要なメッセージで、どちらも法に関係のある言葉だ。
法に対する考え方についてなんだけど、これがオープニングとエンディングで変化するんだ。それがそのまま本作のストーリーの変遷になっているので、テキストの内容をよく覚えておくと面白さが増すと思う。
証拠や証言の検証をなかなか始めないのは、これに由来しているんだな。例えば日本人なら、論理的であるとかマナーとかが、法よりもとは言わないが上位にあるように、ロシア人にも上位にくるものがあるというわけで、この辺の国民性や考え方の違いが面白いよね。ついつい、早く検証を始めろよって自分が考えちゃうのは、それが国民性や民族性なんだな。作品の中では民族ごとの考え方の違いの話もしているので、もっと面白いよね。
オリジナル版はスピーディーさとスリリングさと暑苦しさで押し通したサスペンスだったけど、こちらは音楽とドラマ性と暗闇で演出した、どちらかと言えばヒューマンドラマのようなサスペンスで、個人的にはロシア版の方が好みだ。テーマなどがハッキリしていて現代的だったしね。
あまりオリジナル版との比較はしたくなかったけど、どうしてもそうなってしまうな。
原作よりも根が深い
アメリカ映画『十二人の怒れる男』のロシア版リメイク。
12人の陪審員が殺人容疑者の青年の評決のための審議を行うのは原作通りだが、本作ではロシアならではの民族や宗教の問題が絡んできて複雑になっている。
さらに原作では冤罪を覆してハッピーエンドだが、本作では暴かれた真実がその後に暗い影を落とし何とも後味の悪い感じが残った。
とは言え、様々な経歴の12人のおっさんが自分語りしたり喧嘩したりする展開は(若干不要なものもあるような気がするが)観ていて退屈せず160分という長尺もそれほど気にならなかった。
だがしかし、繰り返し挿入される紛争地帯の映像(容疑者の青年の過去体験)の意図が不明。
陪審員たちが明かした真実は間違いで、全く違う紛争がらみの真実があるような気がしないでもない。
陪審員に必要な能力とは
十二人の陪審員のうち、無罪を訴えるのはただ一人。
無罪を訴える理由は、話し合いがしたいから。
それに反発する陪審員達。
しかし、有罪を強行に主張する人達に、果敢かつ論理的な推理でどんどん有罪となる証拠の矛盾を突いていく。
最初は、明らかに無理な逆転劇を始めようとしているようにみえたが、やる気の無い弁護士や矛盾だらけの証言など、無罪を主張するにたる根拠があることが段々と見えて来る。
証拠の矛盾が増えるたびに一人また一人と無罪派に鞍替えしていく陪審員。
固定概念に囚われること、言われたことを鵜呑みにすること、私怨に動くことなどをしては陪審員なんて務まらない。
一人の命が無くなるか否かの判断をしていることを自覚して、しっかりと考えなければならないと思わせる良作映画でした。
陪審員の議論のみでの展開が斬新。
リメイク元の米作品、日本のリメイク作品はまだ見ていないけど、裁判シーンもなく、陪審員の議論のシーンのみで展開する作品はなかなか斬新でした。
ただ、ストーリーのテンポの悪さが気になりました。全員が身の上話を長めに語る、しかも、それは本筋とは違う話なので、メインストーリー進行が何度も途切れてしまった印象。最初はいいんです。全員が有罪判決かというときに、一人二人異する意見を出すときに、「私はこういう考え」を示すために身の上を語るのはいいと思うけど、もう事件の検証が本格的に始まったあとの身の上話は間延びする印象が残った。
けど、極端な有罪派の人から、無罪派の人まで揃っていたので、様々な意見が飛び交い、事件を検証していく中で、有罪大多数が徐々に、無罪派が多くなっていく、そして議長の見解〜陪審団の結論。一連の流れ、おもしろかったです。惜しむらくは、事件の検証にもっと時間を割いて欲しかったですね。
ただ、陪審員が被告の面倒を見よう!という考えはどうなんでしょう?そこまで踏み込むべきではないし、責任を負うべきではないし、そう思った時点で公平な判断はできない気が。。
4.6 とてもリアル。あの12人の白熱した演技は、圧倒された。この...
4.6
とてもリアル。あの12人の白熱した演技は、圧倒された。この物語で、あの人は建設的でないとか、感情的だとか、論理的だなんてことはどうでもいい。そんな人も含めて全員が思っていることを言っていることが大切。たとえそれに確信がなくても。だから主人公が最初にわからないと言っていたことが、凄く印象的。lively discussion とはまさにこのこと。
考えさせられる
人種、出身、地位などそれぞれの立場の男が、人を裁く。
物語の背景をもっと知っていれば更に楽しめたに違いない。人生、その人にとっての善悪、裁判員制度が始まった日本で色々考えさせられる、面白い話でした。
文句を言わせぬ天才的作品
12人のロシアのおっさん(民族的にはいろいろだけど、若者も女性もいない)が、あーだこーだと話し合うと・・・やっぱり来ました。それぞれ人生を語りだしてしまうのだ。それが各々現代ロシアの光と影を象徴するようなエピソード。
この12人の陪審員と隣室で控えている廷吏(この人もおっさん)、みんな味がある俳優ばかりで、心憎いまでに上手い。2時間強の長さを全く感じさせない。
容疑者少年が回想するチェチェンの紛争場面は目をそむけたくなるほど怖くて残酷。オセチアなどでこんなことが繰り返されないとよいのだが・・・。
でも結構笑える場面もあるので、娯楽作品としても十分通用します。
このあたりが、ミハルコフ、実に上手い!
裁判員になる人にはぜひ観ておいて欲しい作品です。
時として法の正義よりも慈悲が勝る~信と愛が隠れたスパイスとなっていますね
日本でも陪審員制度が来年導入されるなかで、この作品は真実を裁くことの難しさと法で裁くことが絶対ではないということを思い知らしめてくれます。
ほとんど簡易法廷なかの動きのない背景と、12名の陪審員の台詞だけでドラマを作り上げたミハルコフ監督の力量は素晴らしいと思いました。試写会ではこの手の単館系作品としては珍しく拍手も起こりました。
ただし普段余り映画を見ない人にとっては、アクションの少ない本作は、辛いだろうと思います。逆に単館好きにとっては、見ごたえたっぷりに感じるでしょう。何しろ12名の陪審員の男たちのキャラが濃いのです。そして男たちがオーバーアクション気味に、身振り手振り時には事件現場の再現ドラマを即興で演じたり、閉ざされた空間のなかで、激しく主張をぶつけるのです。そればかりでなく男たちの背負ってきた生き様や私生活上のトラブルに至るまで赤裸々に語りだします。そういう点で、テレビ番組で言えば、『行列のできる法律相談所』にすごく似ています。
彼らの濃厚なキャラが語る身の上話の中から、現代ロシア人が持つ偏見、予見がどんなことか次第に解るようになります。そして台詞だけで、表面的な自由主義体制になったあげく、経済至上の風潮が跋扈するあまりモラルを失ってしまったロシアの人々の混乱、失意を容易に想像させてくれるのです。そういう意味では、痛烈な社会風刺映画の側面をもっています。
また所々に犯人とされたチェチェンの少年の悲惨な記憶をフラッシュバック的に散りばめたり、簡易法廷のところに一羽の小鳥が飛んできたり、ラストに陪審員1番がマリア像に口づけしたり、要所にシンボリックな映像が散りばめています。おそらく2度3度重ねて鑑賞するなかで、それらのシーンに込められた監督のメッセージを感じ取ることができるでしょう。
このように観客のイマジネーションを呼び起し、映画のテーマである“人生についての考察”に唸らされるところが、映画通をして本作をすごく引き付ける要素だろうと思います。
物語は、チェチェン人の少年がロシア人の養父殺害について12人の陪審員が最終的に判決を表決するというシンプルなものでした。しかも目撃証言もあり、容疑は明白。さまざまな分野から任意に選ばれた陪審員たちも審議はかんたんに終わるだろうとタカを踏んでいたくらいです。
しかし、全員一致の合議が必要な判決において、一人無罪を主張したのが陪審員1番でした。彼の指摘によって少年への捜査の疑問点が次第に浮き彫りにされていきます。その結果12人の陪審員が夜を徹して篤く議論し、次第に無罪を主張する人が増えていくことになっていったのです。
ここで注目すべき点は、陪審員1番がなぜ一人だけ強行に無罪を主張したのかということです。そのなぞは、ラストシーンあとのシーンで明かされます。それがこの作品のテーマと深く関わっているだけにご注目を。
12人の男たちのやり取りは、裁判という概念から外れて、すごく芝居かがっていました。笑いを誘われるところも多々ありました。
特に凶器となったナイフの講釈を述べるところが可笑しかったです。有罪を主張する陪審員3番が背の低い犯人はどのように上から刺したのか説明しながら、7番の外科医を捕まえて、あたかも本当に指すしぐさを見せます。
このとき、どう見てもナイフと縁がなさそうな外科医は、突如としてナイフを奪い取り、鮮やかなチェチェン仕込みのナイフさばきを3番に見せ付けます。ナイフを突きつけられて目を白黒させる3番の表情が愉快でした。
さて、この判決が最後にどうなっていったかは、ここまで書くと想像できると思います。しかし問題は、少年が無罪か有罪かということではなかったのです。裁判という法の審判が下される場所で、判決が下されたら、法における正義が貫徹されたことになります。
けれども陪審員2番は問い掛けます。果たして少年の身の安全を考えたら、無罪にしていいのだろうかと。もし真犯人がいたら、釈放後瞬くの間に殺されかねないぞと。路上より刑務所の方が長生きできる。
むしろ刑務所のほうが安全ではないか。この提案には一同深く沈黙してしまいました。
果たして、この結末がどうなったのか、ぜひスクリーンで確認してください。
そしてラストに出てくるロシアの詩人の言葉をかみ締めていただきたいと思います。
「時として法の正義よりも慈悲が勝る」ことを!
久々に良い映画 おもしろいです。明るい!希望が!
はじめてこの作品を見ましたがどうやって160分もつかうのか
最初は疑問でしたが 見始めるとあっという間の時間でした。
ところどころに笑いどころが満載で ロシア映画とはいえアメリカ映画をみているみたいでした。 とにかく 見所は一人ひとりの演技力。すばらしいです。
どの人の顔も言葉もいまだに覚えています。
2009年から 3500人に一人の割合で当たる可能性のある
陪審員制度がスタートしますが このまえに見ておくことはと手もいいと思います。
熟考することの大切さを感じます。
最近ハリウッド映画の特殊効果や軽めのストーリ(好きなんですけど)おおすぎてちょっと期待値がさがっていたところに、
来たきたー!という映画・ アメリカ映画好きな方でも十分楽しめます。
最後に、一言 座席の良い映画館で見ることをお勧めします。
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