この自由な世界で : 映画評論・批評
2008年8月12日更新
2008年8月16日よりシネ・アミューズほかにてロードショー
世界全体に巣食う根源的な矛盾が浮かび上がる
ヒロインのアンジーは一人息子を育てるためにお金稼ぎに奔走する勝気なシングルマザー。上司からのセクハラに怒って会社をクビになったことをきっかけに女友達と主に外国人労働者を対象とする職業紹介所を設立するが、当初は順調だったその仕事も次第に彼女の願いと裏腹な方向へと進むことに……。
男社会に嫌気が差して気の合う女性同士で仕事を立ち上げるアンジーの姿は、日本の働く女性たちにも共感できるだろう。お金が入れば男漁りもする彼女は、決して模範的な母親ではないが悪人でもない。だけど、その彼女が物語の進行につれて悪の泥沼に入り込むのはなぜなのか。アンジーの目的は効率的に金を稼ぐことにあり、また弱者としての境遇から脱け出すことにある。それらの目的それ自体が悪であるなどとは誰にも言えないが、現行の資本主義システムで効率良く金を稼ぐには無意識的にせよ何らかの悪に手を染める必要があり、また弱者の境遇からの離脱は別のさらなる弱者を搾取し、踏み台にすることを意味するのだ。そんな資本主義の悪循環のなかをアンジーは彷徨い、多かれ少なかれ僕らも迷い込んでいる。社会の片隅での若い女性による小さな奮闘を追うことで、僕らの生きる世界全体に巣食う根源的な矛盾を浮かび上がらせるケン・ローチ監督の手腕がすばらしく、僕らはこの愛すべき映画を通し、資本主義の“謎”——金銭に囚われることの悲喜劇——にまたしても直面するだろう。
(北小路隆志)