トウキョウソナタ : 映画評論・批評
2008年9月16日更新
2008年9月27日より恵比寿ガーデンシネマほかにてロードショー
ひとりの中年女性のその佇まい、その姿勢。そこから何かが始まる
この映画を作るにあたって主演の小泉今日子から監督に、「顔の皺も隠さず全部そのまま撮ってしまってください」という注文があったという。つまりそれは、「トウキョウソナタ」というフィクションの中に自分が生きてきたこれまでの人生の跡=皺をはっきりと映し出し、「小泉今日子」という人物の歴史をそこに注入してくれということであるだろう。そして、壊れゆく家庭を穏やかに包み込むこの映画の主人公の主婦の絶望と希望とにそれが見事に重なり合う、そんな映画にして欲しいという彼女からの要請だったのではないかと思う。
だからなのかこの映画の彼女は、どこか世界の外側にいる。登場人物たちの誰もが何かに失敗し、その失敗を何とか挽回しようと、つまり成功への道を歩もうと懸命に生きているのに対し、彼女はそんな「成功と失敗」が作り出す世界にぼんやりと距離を置くのである。決して人生を投げている訳でも諦めている訳でもなく、そうではない別の人生をはっきりと感じ取り、未知の世界に震えながらもしかしそれに向けて身を投げ出しているといった風情なのだ。もう若くもなく、立派に皺も増えたひとりの女性のその佇まい、その姿勢。そこから何かが始まる。成功でも失敗でもなく、ただひたすら生きることの悲しみと苦しみと喜びに向けて、私も彼女とともに歩み始めよう。そんなことを思った。
(樋口泰人)