フェイク シティ ある男のルール : 映画評論・批評
2009年2月3日更新
2009年2月14日よりTOHOシネマズみゆき座ほかにてロードショー
正義の根拠となる善悪の基準の曖昧さを描いたハリウッドの異色作
ハリウッド映画で描かれるモラルが画一的なせいか、汚職警官の物語は容易に想像がついてしまう。しかし本作がよくある展開に落ちなかったのは、「L.A.コンフィデンシャル」や「ブラック・ダリア」の作家ジェームズ・エルロイが原案・脚本を担当し、善悪について、より深い視点でテーマを掘り下げたからだ。
主人公は犯罪を撲滅するために自ら犯人に死の制裁を下していくが、他のキャラクターたちの行動もまたそれぞれ確固たる信念に基づいている。それゆえ一体誰の正義が正しいのかがドラマの軸になり、誰にとっての正義なのかがミステリーの軸となる。単純にミステリー/アクションとしても楽しめるが、より深く覗き込めばそこには見応えのあるドラマが存在する。
同僚の死にまつわる謎、というサスペンスは、やがて犯人は誰かという以上に、最後に主人公がどのような決断を下すか、というサスペンスになっていく。主人公は犯人を前に、今までのルールを貫いて処刑するか、清廉だった同僚の死を経て変化し刑事として逮捕するか、はたまたより大きな善のために目の前の悪を受け入れるか、決断を迫られる。しかし問われるのは正義そのものではなく、正義に対する信念なのだ。ここにテーマをもってきただけでもハリウッド映画としては異色だが、この決断の後にもう一つどんでん返しを作り、正義の根拠となる善悪の基準がいかに曖昧なものかを見せたところに作者の真の狙いがあり、この映画の面白さがある。
(木村満里子)