「落語娘というよりもプチホラーに近い怪談話が枕の作品でした。オチも痛快!」落語娘 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
落語娘というよりもプチホラーに近い怪談話が枕の作品でした。オチも痛快!
11月公開の『櫻の園』は酷かったけれど、本作は落語好きな中原俊監督が芸の道の世界を細部までリアルに演出してくれており、見応えありました。落語家の話なので、落語が出来ないと始まりません。ミムラは二ッ目クラスの話だけど、『寿限無』は徹底練習したようで、かなりの早口で流暢に捲し立てるところはすごいと思いました。日活では3年間の女優としてのブランクを気にしていましたが、全く感じさせない熱演でした。
特に協会のリーダー的存在である三松家柿紅に、自分の師匠との縁切りを進められたときにきっぱり断ったときの啖呵が、いなせでよかったです。
ちなみに指導した柳家喬太郎師匠からは、「彼女こそ僕の一番弟子」とまで言わしめたそうです。努力家なんですね。
津川雅彦は、もう大看板の貫禄たっぷりの話芸を披露してくれました。あの語り口を聞いていて、ふと彼の監督作品『次郎長三国志』との共通点が浮かんできたのです。ちょっと早口でたたみ掛ける台詞回しは、長年の役者修業を積んだ自信のなせる技なのでしょう。
津川演じる平佐師匠の口癖は、芸というものは稽古を積めば出来るってもんじゃねぇということでした。芸というものは霊なんだというのです。ネタを語るのでなく、ネタに語らされている、乗り移られるようになってこその芸なんだというのですね。でも役者カンが効く俳優ってやっぱり天才肌なんでしょう。そういうところが津川本人にもあって、監督やっても素晴らしいものを作ってしまうだと感じました。
その点柿紅師匠は、努力家で厳格。平佐師匠とは好対照です。でもどんなに頑張っても、古典落語のコピーの範疇では、平佐師匠の自由闊達な芸風を越せなかったようです。私生活では、隙あらば弟子にソープ代をせしめようとする師匠に、愛想尽かしていた香寿美が、平佐師匠の実力と人間味に気がつくところが本作のポイントですね。落語で言えば人情噺になっていました。
ところで、噺家が余りにネタに「憑依」されると、命まで持って行かれてしまうという怖いエピソードが『緋扇長屋』の話にまつわる噺家の間の伝説が本作の枕になっています。一見滑稽無頭ですが、平佐師匠の語りにかかると真実味を帯びてきます。実際に挑戦した噺家が高座で死ぬくだりは、ちょっとしたホラー映画のようでした。
そして40年ぶりに『緋扇長屋』を高座に上げる平佐師匠にも魔の手が忍び寄ります。平佐師匠はどういう手で、ネタにこもった怨念から逃れることができたのか。ラストに思いもよらぬオチが用意されていました。へぇ~そうだったのと唸ってしまう、オチにぜひご注目を!(落ち着きませんであいすいません)
『緋扇長屋』の演目は、ほとんどが時代劇として再現されており、落語が苦手な人でも劇中劇として楽しめます。
最後に本作では、芸の世界の男尊女卑ぶりも徹底して描かれています。
厳格な柿紅師匠が、「あんた、女のすし職人が握った寿司がうまいと思うかい」という問いかけは、客商売である以上一理はあるでしょう。ただ、劇中にも描かれるセクハラの酷さは目に余ります。
香寿美の偉いところは、それでも気丈に兄弟子たちの世話を黙々とこなし、ついには柿紅師匠を認めさせるところでした。
『噺家は男じゃなきゃいけねぇなんていうのは、俗を知らない独りよがりの思い込みよ』という平佐師匠はバンカラさばかりでなく、人の心の機微を知った優しさの持ち主でもあったのでしようね。