「安易なセンセーショナルに走らなかった点が、素晴らしいと思います。」闇の子供たち 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)
安易なセンセーショナルに走らなかった点が、素晴らしいと思います。
幼児人身売買、そして生きたまま臓器が取られてしまう臓器密売の実態がまるでドキュメンタリーのごとくタイの現地ロケによって描かれていて、ショックを受けました。
しかも買春や臓器売買に日本人が関わっていることも触れています。これまで臓器問題では、余命わずかな子供の命をどう救うかに関心が集中し、その裏側に潜む脳死が人の死かということと臓器密売などのアンダービジネスにつながりやすい側面までいかなかったと思います。
これまでただ可哀想だという感情論で、ドナーカードの推進や臓器移植の推進を支持してきた方に、一度この作品を見ていただきたいものだと思います。
作品中登場する日本人夫妻は、余命半年の息子の命を救うなら、すぐドナーを見つけてくれるタイでの移植を当然のことのように思っていました。タイから駆けつけた記者に同行したNGO法人スタッフの恵子に、「人の命をお金で買うのですか」と詰め寄られても、平然と追い出してしまうのです。」
そこまでしてもわが子の命が大切なのか。日本人夫妻は記者に「あなたのお子さんならどう思うか」と逆に問いかけます。皆さんならどう思われるでしょうか?
作品では、幼児人身売買と幼児売春と臓器密売が一体となっていることが明らかにされます。移送するブローカーの男性を「悪者」としてだけ描くのではなく、彼自身も精神的な被胃を過去に負っているという人間の複雑さがきちっと描かれています。
売春シーンでは、かなりきわどい表現もありました。但し子どもたちへの暴力シーンは余り描かれておらず、子どもたちの非力や無力を強調するのではなく、醜い買春者らの表情がクローズアップされていて、安心しました。
そして買春者を断罪するために、現地のNGO施設では、子どもたちが本来もつ伸びやかな生命力を表現しており、児童買春はそれらの力を奪う犯罪であることを観客に強くイメージ付けます。
人間性をすり減らすような人身売買という重いテーマ。そしてエイズに罹患して売春宿から生ゴミとして捨てしまう幼い少女の過酷な運命。ショッキングな映像が続くなかで、冒頭の幻想的な満月や、ヤイルーンが故郷に向かう際に大木に抱きつくシーン、ラストのヤイルーン姉妹が水辺で戯れるシーンは、彼女たちがほんとうにふつうの少女であったことを回想させ、ほっとさせてくれました。
日本は人身売買受入大国と言われています。子どもたちもまたさまざまな方法で日本に連れてこられて、被害に遭う実態があります。複雑かつ巧妙に縮み合う背景を伴う人身売買ビジネスの根をどう断ち切るか。私たちひとりひとりに突きつけられた課題であると思います。また小地蔵と地蔵菩薩界の願いでもあります。
こうした背景に、タイでは南部に行くほど警察など公的機関のコントロールが効かないため、タイを通過して、中国やミャンマー、カンボジアからマレーシア、シンガポールに移送される事例も多くなっているようです。
タイ政府の名誉のために、政府レベルでは先進的な人身売買政策をとっている国なのです。しかし、それでも根絶できない大きな理由は、貧困や社会格差だけでなく需要側の問題であると思います。需要が削減されていないのに、いくら供給側を水際で防止しても、元の木阿弥分なのです。
ところで本作では、面白い問題提起を登場人物に語らせています。臓器密売を追う現地支局記者南部は、悪しき循環を断ち切るために、見たままの事実を報道することに使命感を持って取材を続けていました。
しかし、取材のなかで浮かび上がった臓器移植の事実について、取材に協力していたNGO法人スタッフの恵子から、なぜ伝えるだけなのか、なぜ殺される子供を助けようしないのかと詰め寄られます。
恵子の言葉に、記者として、人間としての狭間で苦悩する南部ではありました。ただ、ここで1人助けても、また誰かが犠牲になるだけだ。根本を報道の力で変えていかなければという南部の思いもよく分かります。記者と事件の関わり方まで提起する作品でした。
また本作では、キャストの意気込みがビンビン伝わってきました。南部を演じた江口洋介は全く別人のような使命感溢れる記者になりきっていました。
南部から世間知らずな「自分探しボランティア女」と名指しされる恵子を演じた宮崎あおいは、子供たちを助けたいとKYに叫び詰め寄るところなど、本心で語っているのではないかと思ったくらい情がこもっていました。
その他のキャストも通常の作品にはない、強いモチベーションを全員から感じさせてくれました。
ただ、桑田佳祐が書き下ろしたエンディング曲は少々ミスマッチな気がしましたのですが、いかがでしょう。
阪本監督が撮り下ろした本作は、怒りを押し殺し、事実関係を丹念に追いつづけた骨太の演出が光る名作として、何年も語り継がれることでしょう。安易なセンセーショナルに走らなかった点が、素晴らしいと思います。