劇場公開日 2009年5月23日

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「惜しい!心を抉られるような葛藤と悲しみが描かれてこそ、最後の重力ピエロのシーンで泣けてくるものになったことでしょう。」重力ピエロ 流山の小地蔵さんの映画レビュー(感想・評価)

3.5惜しい!心を抉られるような葛藤と悲しみが描かれてこそ、最後の重力ピエロのシーンで泣けてくるものになったことでしょう。

2009年5月17日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

 「空から春が降ってきた」というナレーションに被りながら、春が校舎の二階から、軽々飛び降りるところをスローモーションで描くオープニングが印象的です。のっけからファンタジックな映像で、重い宿命を背負った主人公であるのに、そんな重力なんてへっちゃらさと、春がいわずもがなに語りかけているようなシーンでした。

 物語は、現在起こっている連続放火魔を春と兄の泉水の兄弟が犯人捜しをするところから佳境に入っていきます。(ちなみに春と泉水を英訳すると両方ともスプリングとなる。母親がしゃれて付けたそうだ)あの冒頭の火災シーンは、山場だったんですね。そして、次第に兄弟の家族が抱えていた重い過去が明かされていき、それに関連した15年前の連続暴行事件と兄弟の家族の歴史がカットバックで明るみになる中で、次第に痛くて重い真相が現れていく構図となっていました。

 でも、森監督が本作に込めた思いは、「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」ということ。原作の伊坂作品自体に、独自の軽いタッチが持ち味です。そこを殺さないために、小日向文世を父親役の奥野正志に起用。これがすばり当たっています。
 息子達には、「俺たちは最強の家族だ」と言い聞かせ、家族の元気の素のような存在を満面の笑顔で演じています。実は、小日向の笑顔には、常に哀愁も漂わせていました。
 哀愁のわけとは、こんな過去があったからです。
 正志の次男として生まれた泉は、妻梨江子がレイプ魔葛城由紀夫によって犯されたとき、身ごもった子供だったのでした。妊娠が明らかになったとき、正志は戸惑いながらも、梨江子に産めよといいます。その優しい顔つきに感動しました。実にうまい演技です。小日向が言うには「人間は憎しみを越えて、人を愛していくことで、いろいろなことを変えられるのではないか―その理想郷がここにはあるんだと思います。」・・・そんな思いを正志役に込めていて、思わず感情移入してしまいましたね。

 葛城由紀夫役を演じた渡部篤郎も凄い演技でした。自分がレイプした被害者に対して「悪いけど、俺は想像力の塊だよ」と平気で言ってのける、病的なほどジコチュウな犯罪者の心理をリアルに演じていました。由紀夫のジコチュウぶりが発揮されたからこそ、由紀夫を訪ねていった泉水が、普段の冷静さを失い、弟の実の父親である由紀夫の抹殺計画を立てるくらい激怒したことに、説得力を生みました。

 重い作品の中で、コミカルさを発揮するのが、春をストーカーのようにつけ回す夏子。そのしつこさと美人なのに僻んでいるところが度を超していて、可笑しさを誘います。
 マメなウォッチングの結果事件の真相を明るみに導く重要な役どころでもあります。彼女がいた分、ほっと出来たところはあります。もっと草食男子春とラブラブで絡んで欲しかったですね。

 そして肝心の春と泉水。原作の伊坂氏は絶賛したそうですが、小地蔵は不満が残ります。確かに兄弟の固い絆は感じさせます。泉水は血の繋がらない弟であることを知っていたので、なおさらです。
 けれどもラストのサーカスでピエロが重力にも負けずに、飄々と空中ブランコを演じているところを梨江子と正志が万感の思いで、兄弟を抱え込みながら見ているという、本作のテーマ部分に繋いでいくのには、痛みが軽すぎると思いました。

 泉が背負っているトラウマは、そんなに軽いものではなかったはず。心を抉られるような葛藤と悲しみが描かれてこそ、最後の重力ピエロのシーンが泣けてくるものになったことでしょう。

 そういう点では、森監督の人生経験の浅さ感じてしまい、惜しい!あっと一歩で名作だったのになぁと、率直に感じてしまった作品でした。

 ラストには、放火事件のネタばれが・どんでん返しがあるので、原作を読まずに見た方が楽しめると思いますよ。

流山の小地蔵