靖国 YASUKUNI : 映画評論・批評
2008年4月8日更新
2008年5月3日より渋谷シネ・アミューズほかにてロードショー
靖国に集う人々は掘り下げずに、記録することに徹したドキュメンタリー
中国人の監督・李纓(リ・イン)が10年に渡る取材を経て作り上げたこのドキュメンタリーは、8月15日の靖国神社に集う様々な人々と、敗戦まで神社境内の鍛錬所で作られていた“靖国刀”の製作を再現する現役最後の刀匠・刈谷直治の映像で構成されている。その双方に対する李監督のスタンスは対照的だ。
彼は、靖国に集う人々を記録することに徹し、掘り下げようとはしない。個別に追いかけていれば、テーマは先の戦争に限定されていただろう。この映画では、あえて距離を置くことによって、彼らを包み込むようにそこに存在する靖国という空間が浮かび上がる。
一方、刈谷が刀を作るのは、実際には彼の鍛錬所だが、まるで靖国のなかにいるように見える。李監督はこの刀匠には積極的に質問を繰り出すが、彼は沈黙する。だが、鍛錬の作業で完全に変形した刀匠の指には、戦争という次元だけでは語れない国家神道や近代日本の呪縛を感じとることができる。
この映画では、誰もが近代を象徴する靖国という空間のなかにあり、外部が見えない。私たちが近代の呪縛を解き、乗り越えていくためには、たとえば藤村の「夜明け前」のように、近代を根底から見直していかなければならないだろう。
(大場正明)