ブラインドネス : インタビュー
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フェルナンド・メイレレス監督 インタビュー
──先ほどおっしゃった人間の獣性についてですが、ゴールディングの「蠅の王」のように、収容所という閉鎖された空間がいったんカオスに陥ると、人間の最も醜い部分が露呈しますね。“キング”役のガエル・ガルシア・ベルナルが憎々しいまでの暴力を発揮しています。暴力性を表現する際に、最も苦慮した点は?」
「人間が根源的に持つ暴力性を描くのに、よりディープに掘り下げたいという意図はあったんですが、あまりにもショッキングな描写だけは避けたかったんです。実は、一番最初に一般観客500名を集めてテスト試写をしたとき、今のバージョンよりもっとダークだったです。そうしたらあろうことか、10%強にあたる62名の方が上映中に映画館を後にした。その結果から、たとえ最後まで見てもらったとしても観客はむごたらしいレイプシーンの印象が強すぎて、この映画の内容に関して嫌悪感をいだき、拒絶反応を示すんじゃないかと考えたのです。モニカ・ベルッチ主演の『アレックス』はその典型的な例。レイプシーンがハード過ぎて、セリフも最高で、カメラワークも最高なのに、みんなが口にするのはあのレイプシーンばかり。自分も同じような道をたどりたくなかったので、よりソフトな描写に変更しました。その理由は、観客に最後までこの映画について来てほしかったからです」
──そんな映画に、伊勢谷友介と木村佳乃が夫婦役で登場していますが、撮影現場での2人はいかがでしたか?
「彼らと初めて会った時、とても洗練されたカップルになると思いました。フィリップ・スタルク風の白いアパートメントにも合いそうで(笑)、見るからにとてもエレガントで、いい顔をしていました。リッチな日本人という設定にピッタリでしたね。初めて2人のパフォーマンスを見たとき、彼らを選んで正解だと思いました。おまけに、彼らの英語を聞いて仰天しました。2人とも、とてもナチュナルに、日本語と同じぐらい流ちょうに英語を話しますから。2人とも学校がニューヨークだったそうですし、私より英語が上手でした」
──この映画で唯一の疑問は、眼科医の妻であるジュリアン・ムーアだけが、ただひとり目が見えるということです。その点について、メイレレス監督はどのように自分を納得させて、演出にあたったのですか?
「実は、ジョゼ・サラマーゴに初めて会ったときの私の一番最初の質問も同じで、彼の答えが『アイ・ドント・ノウ(分からない)』でした。原作者が知らないことを、私が分かるはずもない(笑)。『運が良かったんじゃないか』とも答えてくれたが、『善人だから』という理由ではないそうです。それを踏まえた上で演出しましたが、この映画の人物に過去がないように、医者の妻である彼女が映画の中で体験する“旅路”のほうにフォーカスするように努めました。最初登場したときの彼女はどちらかというと思慮が浅く、夫に頼りきりで、献身的に接する典型的な人妻でした。けれども、さまざまな経験を得ていくなかで、自分や他人をケアするうち、自分の内面に秘かに持っていた強さを自覚していく。最後には自分では考えてもみなかった絶対的な強さを得る。つまり、さまざまな経験を通して彼女は、自分自身を“見ること”を学んだ。見ることを学ぶこと、それこそがこのテーマです」
──「十戒」のモーゼのように、導く者が必要だったのですね。
「イエス。周りの人々は彼女がいたおかけで、とてもラッキーでしたね(笑)」