マンデラの名もなき看守 : 映画評論・批評
2008年5月7日更新
2008年5月17日よりシネカノン有楽町1丁目、シネマGAGA!ほかにてロードショー
偉人の影響をポジティブに受け入れる人物もまた偉大なのだ
南アフリカでの人種隔離政策(アパルトヘイト)は冷戦終焉に呼応するように1990年代に入ってようやく終止符を打ち、ほぼ30年ぶりに釈放されたネルソン・マンデラの姿を僕らは目撃した。タフで聡明な闘士として半ば伝説化していた彼は、つねに温和な笑顔を浮かべ、白人への復讐めいた行動をとることなく人種間の長く激しい対立を融和する方向へと国を舵取りし僕らに感銘を与えた。そのマンデラ自身が公認した初の映画は、彼の釈放までを描きつつ獄中生活の子細を描く内容ではない。いかにも人種間対立の解消を目指した彼が伝えたかった物語に相応しく、当初はゴリゴリの黒人差別主義者だった白人の看守が、マンデラと接するうちに考えを改め、彼と友情を育むプロセスがそこで描かれる。
確かに歴史を動かすビッグネームは存在し、マンデラはそんな偉人の一人だ。だけど誰もがその名を知る人物のみの力で歴史が成立するわけではない。歴史の“主人公”の傍らを生き、その行動や言葉を見聞きする歴史の目撃者や記述者が歴史の成立において不可欠で、この映画はいわば歴史の“端役”とも言うべき名もなき目撃者や記述者を“主人公”とする映画だ。接すれば接するほどマンデラの偉大さに感化され、彼への信頼や愛情を深める白人看守の姿を見つめながら僕らのなかで確信が芽生える。ある人物に影響を与える存在は確かに偉大だが、その影響をポジティブに受け入れる人物もまた偉大なのだ……と。
(北小路隆志)