「何気ない雰囲気で強烈に心理を伝えてくる。」歩いても 歩いても kTAhzZwFKIn8XE0さんの映画レビュー(感想・評価)
何気ない雰囲気で強烈に心理を伝えてくる。
物語は、横山家の次男・良多と長女・ちなみが、それぞれ家族を連れて実家へ遊びにきた、というわずか1日の物語。
本来であればどの家にだって訪れる親戚で集まる楽しい1日。
だけど父・恭平や母・とし子、良多や妻・ゆかり……それぞれがそれぞれの立場だからこその思いがあり、表面上では明るく振る舞っていてもお互いに相踏み入れれない領域がある。
多分、どの家だったそういう気持ちはあるはず。
そして、この映画の素晴らしいところは、そのそれぞれの思いを、映画らしく大々的に表現するのではなく、どの家でも変わらない落ち着いた雰囲気のままで、それをうまーく表現しているところだと思う。
言葉ではなく、ちょっとした表情や仕草、物、言動などを一瞬だけ、ほんとに一瞬だけスポットを当たることで、強烈なほどに人間の心理を観る側に伝えてくる。
そしてもう一つ。この映画の美しいなところは、一晩を過ごした家族がちょっとだけお互いを理解し、そしてそれが別れとともにフッと消えていくところだと思った。
少し具体的に言うと、良多は父・恭平の医師という職にひとつも尊敬の目は抱かなかったが、恭平が無力ながら医師として最後まで救急車を見送る姿に初めて父を認めた瞬間があった。そしてそれは、その夜くしゃくしゃにした自身の幼い頃の作文を丁寧に修復していたところからジワーっと伝わる。
また、良多の妻・ゆかりもとし子の振る舞いに気疲れしてたが、最後まで良多の妻として明るく丁寧にとし子や恭平に対応した。
恭平ととし子、良多とゆかりの仲もこれで少し深まってハッピーで終わり!と思ったら、ラストにフッとこの余韻を消すシーンが…。
バスで別れた後、あれだけ次男の良多や子供に馴染めなかった恭平がぼそっと「次は正月か。」
それに対し、良多とゆかりは何か演じきった疲れが一気に消えたかのように軽い口調で「正月はもういっか。」
密かに息子家族の帰省を待ち侘びる恭平がいる一方で帰省が単に面倒くさそうな良多とゆかりがいる。この対照的な雰囲気は何とも言えない切なさがある。
そしてさらに、立て続けに良多が放った一言。
「いつもそうだ。いつも何かちょっと間に合わない。」
前に前に、ちょっとずつちょっとずつ歩を進めて、みんながうまいこと理解しあえそうなところまで行っても、結局いいところでうまくいかない。
どこの家にでもどの人にでもあるこの心の奥底にある気持ちを、この映画は静かーにうまく表現している気がする。