「「あれからどうしてた?」」ぐるりのこと。 Chemyさんの映画レビュー(感想・評価)
「あれからどうしてた?」
「夫婦の10年」。文字にすればたったこれだけ。だが、これだけの言葉の中に、夫婦の想いがどれだけ詰まっているだろうか?
橋口監督はありふれた日常の中のちょっとした非日常の混ぜ方が本当に巧い。本作の夫婦もごくごくありふれた夫婦だ。しかし法廷画家の夫は、裁判で極悪事件の中にある壮絶な悪意を垣間見、子供を亡くした妻は鬱病を患う。タイトルのぐるりとは周辺という意味。夫婦のぐるりには様々な問題を抱えている人々がいる。通常なら映画的要素であるドラマティックなシーンを、潔くバッサリとカットする監督の手腕に舌を巻いた。夫婦の間に起こる劇的な部分ではなく、その後の淡々とした日常を描くことで、観ている我々とこの夫婦が、まるで久しぶりに会う友人か何かのようになる。「久しぶり、あれからどうしてた?」と問うと、「あれからこんなことがあって大変だったんだぁ、今はまあ、落ち着いているけどね。」という会話が成立しそうな感じ。ここに、この夫婦と観客の“距離感”が生まれる。煩わしくもなく、よそよそしくならない程度の“つかず離れずの距離感”。この距離感が本作をゆったりとした心地よいものとしている。我々も夫婦のぐるりの人々なのだ。
この“つかず離れずの距離感”はそのままこの夫婦の距離感でもある。几帳面な妻とちょっとだらしない夫。デキ婚で結婚式も挙げていない2人は、決して情熱的な愛で結ばれてはいない。しかし、徐々に神経を病んでいく妻を、そっと見守る夫。ついに感情を爆発させる妻に対する夫のスカし方が絶妙だ。深刻な場面でおちゃらけてしまうのは夫の優しさ。だから妻も安心して子供のように泣きじゃくる。このシーンの木村とフランキーの演技がとても良い。アドリブのような気張らない自然さが何とも温かい。
10年――――、この間に社会ではバブル崩壊や様々な凶悪犯罪が起こっている。しかしこの夫婦はそんなぐるりに振り回されることなく少しずつベストな“距離感”を見つけ出した。つかず離れず。それは手を繋いでいながら足では蹴っ飛ばし合うような甘すぎない関係。ありふれた夫婦のありふれた関係だが、ここに辿り着くまでの2人の心の変化(成長)は、2人にしか解らないこと。
「あれからどうしてた?」今この夫婦にこう問えば、「うん、まあ、それなりに幸せだよ。」と少し照れながら答えてくれるに違いない・・・。妻の描いた花の絵のように、穏やかで優しい時間がこの先10年、20年と流れて行くに違いない。