「絶望した先に夫婦で寄り添い合える幸せを感じられる。 多くを語らない夫の、妻への寄り添い方に共感する。」ぐるりのこと。 tricoさんの映画レビュー(感想・評価)
絶望した先に夫婦で寄り添い合える幸せを感じられる。 多くを語らない夫の、妻への寄り添い方に共感する。
ぐるりといろんな物を見て、ぐるりと心を一回転させて、ぐるりと二人の距離も変化して、そんな10年をぐるりと振り返った映画です。
前を向いたり、後ろを向いたり、上を向いたり、下を向いたり、横を向いたり、大きな感情の変化と気持ちの向かい先が変わっていく中で最後に夫婦が前を向いていることが心地よい映画でした。
ラストの間近で出来上がった天井画を見上げて笑い合う夫婦。
つがいのように二人でいることが当たり前の存在になった安心感があり、これまでの絶望を見ていただけに滲み出る幸福感を感慨深く感じるシーンでした。
と同時に、このシーンを描くための映画だったのかな?とも思いました。
「人の心の中は判らない」でも、判らないからそれでも構わないと、言葉はなくても素のままで居心地の良さを感じられる二人になる。
そんな当たり前の夫婦の幸せを伝えてくれる、そんな純粋さをしみじみと感じさせてくれる映画だったように思います。
「人の心の中は判らない」と言って、夫が待ち続ける姿勢を受け入れられるか?というのは、この映画の好き嫌いにも影響する部分かと思います。
自分は、ひたすら待つ夫に、夫の生き方故の強さを感じました。
もし夫が妻と同じ気持ちを持とうとして、感情の起伏を同調してしまったら?長く先の見えない療養の中で上手く行かなくなる度に苛立ちを感じたら?
きっと妻にとって夫は重荷になり、その先に回復があったとしても夫に対しての劣等感が生まれるように思います。
夫が求めていたのは昔の通りのまっすぐな心で妻が戻ってくることで、帰ってくる場所であり続ける為に、変わらない自分であり続ける事。逃げ出したい思いを伝えずにそれを続けていたように思いました。
それは、何も言わずに憎まれ続けていてくれた父親とも繋がるように思いました。
何も話さないという事は夫が抱えている辛さも背負わされないという事で、そのことにどれだけ守られていたか。
夫が「人の心の中は判らない。」と伝えた意味が、夫自身の苦悩にも妻は気付けていなかったでしょ?と、改めてここで問いかけているように感じました。
楽しいシーンも、重く深く自分を抉るようなシーンも、軽やかに心を取り戻していくシーンも感情豊かに描かれる映画でした。
夫の後押しもあって天井絵の制作に打ち込む妻の姿を描いたシーンは特に秀逸に感じました。
雪の重ね撮りの冬から始まる映像は、穏やかに高揚感のある音楽もあって、時間と心が動き出す流れがテンポよく見る側にも安寧を感じさせる心地さでした。
心無い裁判の数々、夫婦の何気ない会話、書き続けられ溜まっていく絵、そして最後に妻の寝顔を描く夫の姿で終わる事が、変わらない日々の中で穏やかさを取り戻していく夫婦の変化を巧みに表現していたように思います。
思えば夏のシーンが多い映画だったように思います。
夫婦に付き纏う重苦しい感情を夏場の汗や体温みたいなものや、熱っぽい長回しや接写と一緒にして映画の中に入れたかったのかな?と思いました。
でも、この流れるような映像の中では冬から始まる乾燥した澄やかさと共に、妻の暑苦しさの抜けた軽やかな気持ちを描いていたように感じ、そのことがより鬱屈からの解放を感じさせるものでした。
ラスト、どれだけ夫婦が心を回復させても、変わらずに狂気的な事件は続き、痛ましい憎しみがぶつけられていく日々。
それを淡々と伝えることに意味を見出した夫の心境の変化で静かに締める姿が心地良く、この先も続く二人の生活が穏やかである事を感じさせるものでした。
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