「バージョン違いの君」ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破 ipxqiさんの映画レビュー(感想・評価)
バージョン違いの君
シンの予習として見直した。
12年前、劇場で激怒した思い出の一本。
旧劇場版は春も夏も初日に並ぶくらいには大切な作品だったし、その後も黄瀬和哉のベストワーク、と思い込むくらいにはフェチの対象だった。
それがリメイクと聞いた時はまず耳を疑った。
序がヤシマ作戦まで、その後のアスカ登場から「男の戦い」までをかいつまんで作り直している本作。
慣らしの序はともかく、破は綾波が味噌汁作ってるあたりからもう頭に血が上って記憶がない。
冷静になって見直すと、そうかちゃんと話が振ってあったんだな、全然読めてなかったな…と反省した。
しかし冷静になって観ていても、TVシリーズと比べると(大きな流れに関わるエピソードを中心に見直した)当時のような切迫感、ギスギス感がないぶん、画面は高密度だけど味のしないガムみたい感じる。
たぶん、まったくの別物ではなく、同じシーンが違う意味に書き換えられていたりするせいで居心地の悪さを感じるんだと思う。
まるで同じタイトルの改稿されたシナリオを読んでるみたいだ。
普通は両方が映像化されることなんてないわけで、それはそれで稀有な経験かも知れない。
でも過去作の記憶がなければこっちが「正典」で、逆に旧はなんかヤなムード、シンジ君なんでこんなにいじけてるの、と呆れたかも知れない。
とはいえ、終盤はもはや空想科学というよりほとんどオカルトのような無双っぷりで、さすがに劣化しているように思えてならなかった。
起きることはほとんど同じなのに、色んな段取りを飛ばしたり意味を書き変えたせいでそう感じてしまうのだろうか。
何回も日本を沈没させかねない、人の生活が破壊されるような事態が起きているはずなのに、妙に軽い。そこは責められないが、まだ311前の世界という感じがする。
それでも、震災の2年前にあの津波を彷彿とさせるような山をじわじわ越えてくる液体描写、避難の場面を先取りしているあたり、天才の所業というのはおそろしい。
予定ではあのまま人類補完計画に突入して終わるつもりだったのかな。それがなんであんなことに…?
そこはやはり震災の直撃を受けたということだろうか。