かつて、ノルマンディーで : 映画評論・批評
2008年1月29日更新
2008年2月9日より銀座テアトルシネマにてロードショー
豊かで不思議な人生模様を映し出す“映画と記憶と人生についての映画”
DVDの映像特典のおかげで、私たちは映画製作現場の様子を気軽にのぞけるようになった。しかし大抵それらは、リモコンの早送りボタンに指を添えながらボーッと眺める類のオマケ映像にすぎない。フランスの人気ドキュメンタリー作家、ニコラ・フィリベールの新作は、ロケ地探訪、出演者インタビュー、製作資料紹介といった要素で構成されているが、当然凡百のメイキングとは決定的に違う。何と30年前に作られた映画が元ネタなのだ!
若き日のフィリベールが助監督として汗をかいた1975年作品「私、ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺害した」は日本未公開で、その存在すら知る人は少ない。ロケ地ノルマンディーの農村を再訪したフィリベールは、同作品に出演した村人たちに思い出を語ってもらい、今は消息不明になっている主演俳優の安否を気遣う。そして自らの情熱的な駆け出し時代に思いを馳せ、今は亡き師匠の真摯な映画作りの姿勢を改めて敬う。
フィリベールの私的な“記憶”をめぐるこのドキュメンタリーは、映画というものがいかに多くの人々と関わっているかを探求するユニークな作品となった。30年前のちっぽけな1本の映画から、無限に枝分かれして広がる豊かで不思議な人生模様。おそらく映画史的にも珍しいこの“映画と記憶と人生についての映画”は、観客として関わるあなたの胸にもじわりと染み込むことだろう。
(高橋諭治)