「結婚なんかやめて男と同じことをしよう!」アリス・イン・ワンダーランド jin-inuさんの映画レビュー(感想・評価)
結婚なんかやめて男と同じことをしよう!
同じ夢ばかり見て自分の頭がおかしくなってしまったのではないかと心配になったアリスは、父から言葉をかけられます。「きみは頭がオカシイ。でもいいことを教えてあげる。偉大な人間はみんなそう。」『オカシイことはいいことだ!周囲と同じである必要はない!going my way!』それがこの映画のテーマなのかと期待したら違いました。
19歳になったアリスは選択を迫られます。母の勧めに従い、金持ち坊っちゃんと結婚するかどうか。答えをはぐらかしたままアリスは穴に転げ落ちます。この地下のワンダーランドでアリスは何をするのか。猛獣を手なづけ、伝説の剣を奪い、竜の首を切り落とします。これまでさんざん男の子が主人公で作られてきた陳腐なファンタジー映画の女の子版です。going my wayどころか、予言の書を忠実になぞらされます。「他人のために生きなくてもいい。答えは自分で選びなさい」なんて言われても、あの雰囲気で嫌ですとは言えません。みんなの期待を背負って危険な任務に自ら志願する女の子。この死地へ自ら志願というのが実に曲者で、まるで特攻隊員みたいで、観ていて気の毒になりました。あれがアリスらしい自由な生き方なのでしょうか。結局はアリスにも我々にも自由意志などないのかも知れません。みんな予言の書に従わされているだけなのかも。
ラスボスの竜との決戦に臨み、奇想天外だけどあり得ることを6つ数えるアリス。竜と戦いながら空想力を誇示することに一体何の意味があったのでしょうか。「おまえは打首よ!」と赤の女王の決め台詞を奪い、見事に竜を断首するアリス。その姿は闇落ちしたようにしか見えません。
アリスはマッドハッターに「本当のアリスはもっとすごかった。きみは本当のアリスか?」と問いかけられ、アイデンティティが揺らぎます。逆にアリスは「この世界は私の夢の中の作り物の世界。あなたも作り物で実在しない」とマッドハッターの実存を否定します。その後、イモムシとの対話でアリスは「やっぱりここは現実で夢だと思っていたのは記憶だ。夢も一つの現実である」と考え、なぜか竜との戦いを決意します。この世界が現実と考えたのなら、死ぬかも知れない戦いに怯んでしまうのが普通ではないでしょうか。死の恐怖よりみんなを守る責任感が勝ったということでしょうが、そんなアリスの心情を十分描写できていないように感じました。
白の女王はアリスに薬を調合しますが、最後に自分の唾液を垂らし、それをアリスに飲ませます。このシーンは何を意味しているのでしょうか。白の女王はアリスを自分の意のままに操ろうとしたのでは。そういえば本作のアリスは何でも飲んでしまう危うい女の子です。結局アリスは白の女王の思惑通り、白軍代表としてラスボスと戦わされます。もしアリスが白の女王の欺瞞に気づき、竜を殺すことなく紅白の戦を止めることができていたらこの映画も名作になっていたと思います。残念ながらディズニーにもティム・バートンにもそこまでの改変の勇気はなかったようです。
現実に戻ったアリスが何をするのか。きっぱりと結婚を断り、中国と交易を開くため香港めがけて船出します。アヘン戦争の勃発を予感させる嫌なラストシーンでした。ここでもアリスは父の生き方をそのままなぞらされています。『結婚なんてやめて冒険とか、戦闘とか、航海とか、男がやってることを女もやろう!』結局はこれが本作のメッセージなのでしょう。空想力豊かな女の子だったアリスが、男性顔負けの勇ましい女性に成長した物語。でもそれは本当にアリスの自由意志と言えるのでしょうか。いつまでも夢ばかり見たりのんきに専業主婦になったりすることはダメなんでしょうか。ディズニーの主役の女の子も現実の女の子もいろいろ大変です。