「【81.2】ハリー・ポッターと謎のプリンス」ハリー・ポッターと謎のプリンス honeyさんの映画レビュー(感想・評価)
【81.2】ハリー・ポッターと謎のプリンス
作品の完成度
シリーズ第6作目となる『ハリー・ポッターと謎のプリンス』は、魔法界に忍び寄る暗い影と、思春期に揺れる少年少女たちの葛藤を鮮やかに描き出した作品。物語の序盤から、デスイーターによる破壊行為が日常となり、全体に漂う重苦しくも美しいトーンがこの作品の最も際立った特徴と言える。前作までの、ファンタジー要素が強い冒険物語という側面から一歩踏み込み、より成熟した世界観を提示したこと、それが作品の完成度を大いに高めた。
特に見事なのは、原作のボリュームを巧みに取捨選択し、映画としてのドラマを構築した点。原作の多くのサイドストーリーを削ぎ落とし、ハリーとダンブルドアの関係性、そしてヴォルデモートの過去に焦点を絞ることで、物語の核を明確にした。この大胆な再構築が、物語のテンポを損なうことなく、主要なプロットラインを力強く進行させることに成功。しかし、その一方で、原作ファンにとっては、ホグワーツの戦いの描写が簡略化されたことや、一部のキャラクターの出番が少なかったことなど、物足りなさを感じる部分も残る。それでも、魔法界全体を覆う絶望感と、その中で育まれる友情や淡い恋心といった、相反する要素を一つの作品にまとめ上げた手腕は高く評価されるべきだ。
また、本作はシリーズの中でも特に「死」を意識させる。ダンブルドアの死、そしてハリーが受け継ぐ使命の重さ。それらを単なる悲劇としてではなく、物語の重要な転換点として描くことで、シリーズ全体の終幕に向けての準備を着々と進めている。視覚的にも、色彩を抑えた陰鬱な映像美が、物語の暗さを強調し、作品の持つテーマと見事に調和。物語、映像、音楽のすべてが一体となって、シリーズ最高傑作の一角を担うほどの完成度を示した。
監督・演出・編集
監督デヴィッド・イェーツは、前作『不死鳥の騎士団』に引き続き、本作でも卓越した演出力を発揮。前作で確立したダークなトーンをさらに深化させつつ、思春期の少年少女たちの淡い恋愛模様を繊細に描き出した。特に、ハリーとダンブルドアが謎を解き明かす旅路と、ロンやハーマイオニー、ハリーたちの複雑な恋愛模様を交互に描くことで、物語に緩急を生み出すことに成功。静的な場面と動的な場面のコントラストが、観客の感情を揺さぶる。
編集については、原作の膨大な情報を取捨選択し、映画の尺に収めるという困難な作業を高いレベルで実現。物語の核心に迫る部分を際立たせるため、原作の枝葉を大胆に刈り込む決断を下したことは、映画としての完成度を高める上で不可欠な判断だった。ただし、一部のキャラクターの出番が少ない点や、原作の雰囲気を好むファンからの批判も存在。しかし、これこそが原作の映画化における宿命であり、映画作品としての独立性を確保するためには必要な犠牲だったと言えるだろう。
キャスティング・役者の演技
ダニエル・ラドクリフ(ハリー・ポッター役)
主人公ハリー・ポッターを演じるダニエル・ラドクリフは、シリーズを重ねるごとに演技力を格段に向上させている。本作では、ヴォルデモートの過去と向き合うという重い使命、そしてダンブルドアという絶対的な存在を失うという悲劇を背負いながらも、内面的な葛藤を繊細に表現。セブルス・スネイプへの不信感、ダンブルドアの教えを信じようとする葛藤、そして親しい人物を失う悲しみと怒り。それらを、表情や眼差し、声のトーンの変化で的確に伝え、観客を物語へと深く引き込んだ。特に、ダンブルドアの死を目の当たりにする場面では、言葉にならない悲しみと怒りを全身で表現し、彼の演技の集大成とも言える迫力を見せつけた。思春期の少年が背負うにはあまりに重い運命を、リアルな感情で体現し、観客にハリーの苦悩と成長を深く印象付けた。
エマ・ワトソン(ハーマイオニー・グレンジャー役)
ハーマイオニー役のエマ・ワトソンは、本作で複雑な恋愛感情を表現する難役に挑戦。ロンへの恋心、そして彼がラベンダーと交際を始めた際の嫉妬と悲しみ。それらを直接的な言葉ではなく、わずかな表情の変化や、視線の動き、そして涙を浮かべる演技で繊細に描き出した。特に、ロンとラベンダーが楽しげにしているのを見て、嫉妬の涙を流すシーンは、多くの観客の共感を呼んだ。知的で頼りになるハーマイオニーの、これまであまり見られなかった少女らしい一面を見事に演じ、キャラクターに新たな深みを与えた。シリーズ全体を通して、彼女の演技力の成長が最も顕著に現れた作品の一つと言えるだろう。
トム・フェルトン(ドラコ・マルフォイ役)
ドラコ・マルフォイ役のトム・フェルトンは、単なる意地悪なライバルキャラクターから、内面の葛藤に苦しむ複雑な人物へと変貌を遂げた姿を見事に演じている。ヴォルデモートから与えられた重い使命、そしてそのプレッシャーに押しつぶされそうになるドラコの苦悩を、目の奥に宿る怯えと不安、そして表情から消せない影で表現。ホグワーツのトイレでハリーと対峙する場面では、自身の運命に対する絶望と、それでも使命を全うしようとする弱さが混在する、彼の人間的な側面を深く掘り下げた。この演技によって、ドラコは単なる悪役ではなく、物語の重要な悲劇的キャラクターとして確立された。
アラン・リックマン(セブルス・スネイプ役)
セブルス・スネイプ役のアラン・リックマンは、シリーズを通して一貫して神秘的で、時に冷徹、時に複雑な内面を秘めたキャラクターを演じてきた。本作では、ダンブルドアの信頼を得ているかのように振る舞いながらも、ハリーの監視を続ける謎めいた行動が際立つ。そして物語のクライマックス、ダンブルドアを殺害する場面での彼の表情は、冷酷さの中に、深い悲しみと決意が読み取れるものだった。この一見矛盾する感情を、絶妙なバランスで表現するリックマンの演技は、まさに圧巻。この一連の出来事が、今後の物語に大きな影響を与えることを示唆し、観客の心を強く揺さぶった。彼の演技は、スネイプというキャラクターの多面性と悲劇性を際立たせ、物語の深みを一層増した。
脚本・ストーリー
脚本は、原作の核となる部分を抽出し、映画として見やすい構成に再構築した点が評価される。ヴォルデモートの過去と分霊箱の謎、ハリーとダンブルドアの関係、そして思春期の少年少女たちの淡い恋愛という、三つの主要なストーリーラインが巧みに絡み合い、物語に深みを与えている。特に、ダンブルドアとハリーのホークラックスを探す旅は、二人の師弟関係をより強固なものにし、物語のクライマックスに向けての感情的な準備を整えた。
しかし、原作ファンからは、ヴォルデモートとの戦いがあまり描かれず、学園生活の恋愛ドラマに尺が割かれすぎているという批判もあった。確かに、原作の持つ壮大な魔法戦争の側面が薄れてしまった感は否めない。しかし、これは物語の焦点が、迫りくる絶望の中で育まれる友情や愛、そしてキャラクターの内面的な成長へとシフトした結果であり、映画としてのメッセージをより強くするための選択だったと言える。
映像・美術・衣装
本作の映像は、全体的に色彩を抑え、冷たく陰鬱なトーンで統一されている。デスイーターによる破壊行為が日常となり、魔法界全体が不穏な空気に包まれている様子を、視覚的に見事に表現。特に、冒頭のロンドンでの戦闘シーンや、ホグワーツの塔のてっぺんで繰り広げられる決闘シーンは、暗い映像美が際立っている。
美術・衣装についても、この作品のテーマに合わせて、より大人びた、洗練されたデザインに。ホグワーツの制服も、これまでの子供らしいものから、よりシックでシンプルなものへと変化。ダンブルドアの衣装や、デスイーターの装束も、重厚感と威圧感を増している。これらすべてが、物語の持つダークな雰囲気をさらに強化し、作品世界への没入感を高めた。
音楽
ニコラス・フーパーが手掛けた音楽は、前作に引き続き、ジョン・ウィリアムズのテーマ曲を踏襲しつつ、独自のダークでメランコリックな世界観を構築。特に、ダンブルドアの死を悼む「The Dumbledore's Farewell」は、静かで悲しくも、力強いメロディで、物語の感動的な場面を彩った。この楽曲が、この作品の感情的な核となっていると言っても過言ではない。
主題歌については、特に存在しない。
受賞・ノミネート
本作は、第82回アカデミー賞で撮影賞にノミネートされている。Bruno Delbonnelによる、陰影を巧みに利用したダークで美しい映像が高く評価された結果と言える。
作品
監督 デビッド・イェーツ 113.5×0.715 81.2
編集
主演
ダニエル・ラドクリフB8×3
助演 マイケル・ガンボン B8
脚本・ストーリー 原作
J・K・ローリング
脚本
スティーブ・クローブス B+7.5×7
撮影・映像 ブリュノ・デルボネル
S10
美術・衣装 美術
スチュアート・クレイグ
衣装
ジェイニー・ティーマイム S10
音楽 音楽
ニコラス・フーパー
テーマ曲
ジョン・ウィリアムズ A9