「人の良心を信じる困難さと気高さ」ダークナイト 浮遊きびなごさんの映画レビュー(感想・評価)
人の良心を信じる困難さと気高さ
※いつも以上の長文注意です
『JOKER』公開にかこつけて久々に『ダークナイト』
を鑑賞したが、思えばレビューも書いていないので、
折角だしジョーカー成分濃い目でレビューしてみる。
今観ても全く色褪せてるように思えないけど、
思えばもう11年も前の映画なんですよね……。
クリストファー・ノーラン監督が手掛けた
バットマン3部作の2作目にあたる本作。
前作『バットマン・ビギンズ』も"恐怖で悪を抑圧する
正義"というダークなヒーロー像、リアリスティックで
犯罪映画のような作風が従来のアメコミ映画化作とは
一味違って好みだったが、続く『ダークナイト』は
いわゆる"ヒーローアクション大作"という枠を完全に
逸した社会派サスペンスアクション大作へと異形の進化を
遂げており、当時劇場で観終えた際、一緒に観た友人と
「うわ、なんやこれ……」「すっげ、なんやこれ……」
「いや、うわ、え、なんやこれ……」と大変に豊かな
ボキャブラリーで議論を交わしたのを覚えている。
...
ひたすらリアル路線のアクション、そして全く勧善懲悪
にならないヘヴィな物語展開ゆえ、アクションエンタメ
としての爽快感は犠牲にせざるを得なかった本作だが
(ノーラン監督もアクション畑出身では無いし)、
それでも前作以上にアクションはアップグレード!
おまけにアクションの合間に細かなどんでん返しを
いくつも仕込んであるので、ハラハラ感がハンパない。
人質が敵に偽装され、バットマンとSWAT部隊とが
戦うハメになるクライマックスのビル突入シーンや
市長襲撃シーンのピリピリした緊張感等も良いし、
病院まるまる爆破倒壊させる見せ場にも口あんぐり。
白眉はやはり、中盤の護送車襲撃シークエンス!
大型トレイラー&ロケット砲での大破壊追撃!
バットモービルでの猛烈粉砕チャージ!
変形! 射出! バットポッド爆誕!
大型トレイラーの垂直"縦"転!
"C'mon, C'mon, HIT ME!"の名台詞!
機転を利かせろ死んじゃいないぜゴードン警部!
ここだけでいくつ名場面ぶち込むんだオイと
鳥肌立ちっぱなしになるくらいに物凄かった。
...
アクションスケールもサスペンスも前作以上だが、
キャラクター達の衝突と葛藤はそれ以上。
最大の魅力はやはり、故ヒース・レジャーが
全身全霊で演じ切った最恐ヴィラン・ジョーカー!
アカデミー賞級キャストだらけの本作だが、彼の
ジョーカーは主役のバットマンすら完全に呑んで
映画全編の空気を支配している。
裂けた口をくちゃくちゃ鳴らす仕草、
相手の神経を逆撫でしまくるジョーク、
だが全く笑っていないその真っ黒な眼。
アルフレッド曰く、
“ただ世界が燃えるのを見たいだけの男”。
人の本性はエゴの塊と信じ、それをさらけ出させる
ことを至高の悦びとする彼にとって、高潔な正義を
振りかざすバットマンは最高に壊しがいのある玩具だ。
悪人に恐怖を植え付けることで悪を制してきた
バットマンだが、彼がいくら脅し、殴り付けても、
ジョーカーは少しも恐怖の色を見せないどころか
ますます愉しげに彼を嘲笑い続け、こう言い放つ。
「あんたが俺を完成させてくれるんだ」
正義の名の元に、力と恐怖で悪を押さえ続けても、
それに耐え抜くための知恵と力を付けた悪が現れ、
同時にその争いに巻き込まれる者が増えてゆく。
そして進化した悪を止めるため、正義の側が
倫理やモラルを侵すようになっていく
(全市民の通信傍受など"正義"と呼ぶには危う過ぎる)。
正義が悪を育み、更なる犠牲と憎悪を生み出すなら……
果たしてそれは本当に“正義”と呼べる代物なのか?
“正義”を名乗る側と“悪”とされる側、
一体どちらの罪がより重いのか?
...
本作のジョーカーをもう少し掘り下げてみる。
アメコミでは同じキャラクターが作者や年代
ごとに異なる解釈で描かれることも多いようで、
先日公開の『JOKER』も『ダークナイト』の
ジョーカーとは似て非なるものになるだろうと
いう心構えで僕は観ていたのだが、実際に両者
の立ち位置はかなり異なっていたと考えている。
思うに、『JOKER』のジョーカーは貧富の格差や
社会的弱者を虐げる社会に対する市井の人々の
怒りを体現するような存在だが、『ダークナイト』
におけるジョーカーは市井の人々が抱く"恐怖"が
そのまま人格を得たような存在だ。
本作のジョーカーは相手の暴力に更なる暴力で応える。
カネにも権威にも興味がない。交渉にも一切応じない。
資金も技術も潤沢な相手に対し、安価な材料で
最大効果の物理的/精神的ダメージを与える
(「俺はダイナマイト、火薬、ガソリンが好きでね。
こいつらの共通点が分かるか? 安いんだよ」)。
一般市民をも標的にするため、どこにでも姿を現す。
安全圏といえる場所はどこにもない。
神出鬼没、交渉不能、そして無差別。
ジョーカーの目的とは異なるが、ジョーカーが
与える恐怖それ自体は、9.11から連綿と続く
無差別テロに対する恐怖に非常に似ている。
『バットマンビギンズ』公開の2003年から
『ダークナイト』公開の2008年までの5年間で、
イスラム過激派によると見られる大規模な
無差別テロは10件以上発生している。
イラク戦争の“戦闘終結”をジョージ・W・ブッシュが
宣言したのは2003年だが、その後も戦闘状態は続き、
テロの脅威は収まるどころか世界各地に飛散した。
2005年のロンドン同時爆破テロ、2006年のスペイン・
マドリードとインド・ムンバイでの列車爆破テロなど、
政治家ではなく多数の一般市民を狙った犯行ばかり。
イラク戦争は“国対国”という大きなスケールの戦争観を
もっとミニマムで混沌としたものに変えてしまった。
ジョーカーのもたらす恐怖は、イラク戦争以降の世界
を席巻した新世紀の恐怖そのものだったのだと思う。
...
ジョーカーは恐怖と憎悪でゴッサムを
醜く利己的な社会に変えようとするが……
バットマンの力と恐怖をものともしないジョーカーを
最も動揺させたのは、ゴッサムの小さな市民だった。
無言で起爆装置を投げ棄てた囚人。
起爆装置を回せなかったスーツの男。
恐怖に晒されても、自分の良心に従った人々。
そしてバットマン自身も決断する。
彼は人殺しの汚名を被り、人々から憎まれ追われる
立場となった。自分の身を犠牲にしてでも、人々が
人間に絶望しない社会を守ることを選択した。
真実でなく嘘で築いた平和は正しいのか?という
新たな問いも頭をもたげるが……何が本当に正しいのか、
そもそも正しい決断などあるのか、常に迷いながら
進み続けるからこそ、バットマンは人間臭く
そして魅力的なのだと思う。
善か悪かの単純な二元論では括れないこの社会で、
人の良心を信じ、己を犠牲にしてでも人を救う。
『ダークナイト』は、人の良心を信じる事がいかに
困難で、そして気高い事かを見せてくれる映画だ。
<了>
> ここだけでいくつ名場面ぶち込むんだオイと鳥肌立ちっぱなしになるくらいに物凄かった
ほんと、ものすごかったです!
> 果たしてそれは本当に“正義”と呼べる代物なのか?
> “正義”を名乗る側と“悪”とされる側、一体どちらの罪がより重いのか?
このレビューも凄いですね。感心。
当時色々な憶測が流れましたが、ヒースのお姉さんが彼は病んだりしていない、楽しく演じていた、あれは事故だと言うようなコメントをしていたので、そうだと信じています。ポール・ウォーカーは最期の瞬間までドライバーでしたが、、
また『ダークナイト』復活上映を望みます!何度見ても打ちのめされそうです。
さわやかなイケメンと思っていたヒースがジョーカーやるんだぁ、意外、、、と思っていたら、まさかの訃報。まだ28歳だったんですね。劇中のヒースはヒースではなくまさにジョーカーにしか見えなくて、私も初めて観た時はうわぁ、すごい、、、しか出なかったです。