「驚異のスパイダーマン!」アメイジング・スパイダーマン spidey1014さんの映画レビュー(感想・評価)
驚異のスパイダーマン!
24日『アメイジング・スパイダーマン』を観てきました。
あまりの興奮で涙が出るばかりでしたが、一夜明けて
落ち着いたので、ネタバレ無しでレビューを書きたいと
思います。
まず、僕は今回の新作スパイダーマンに全く
期待していませんでした。
サム・ライミ監督が作った3部作のスパイダーマンの、
あまりの出来の良さに、これを超える物は別スタッフと
別キャストでは到底無理だと考えたのです。
超えるのは無理でも、3部作を愛した我々を
納得いかせる物が出来るとは思いませんでした。
それはなぜか?
それを説明するには、まず3部作の話から始めなければ
いけません。
スパイダーマン3部作はサム・ライミ監督によって作られ、
主演のトビー・マグワイア、
ヒロインのキルスティン・ダンストなど、
コミック原作を知る我々が、まるでコミックから
飛び出してきたかのように錯覚するほどに、
ピッタリな配役で作られました。
JJJ編集長など、そっくりそのままです。
そしてスパイダーマンが摩天楼をスイングする所など、
コミックのカット割りを実写にそのままうまく転換し、
スパイダーマンを全く違和感なくスクリーンに
映し出したのです。
スパイダーウェブを使ってNYを縦横無尽に駆け抜ける、
躍動感溢れ、かつ一目でカッコイイと思える動き。
そして原作から現代風にアレンジされた、個性溢れる
敵キャラクターとの、ダイナミックな戦い。
そこに、他のスーパーヒーローとは違う、
『等身大で共感の持てる身近な青年』が居ました。
コミックを手がけるアーティストによって
色々なデザインに変化するマスクも、
スタンダードかつ普遍的な、どの時代にも通用する
クールなデザインに仕上がっていました。
40年もコミックを読み続けてきたライミだからこそ、
我々原作ファンも納得する出来栄えの映画を
完成させたのです。
正に『好きこそ物の上手なれ』の典型と言って
いいでしょう。
そしてライミ監督とメインキャストの絆も、
3部作を経て深いものになりました。
3部作のレビューは近日あらためて書きますが、
ここで最大の問題がシリーズに訪れます。
興行的にも内容的にも大成功を収めた3部作に続き、
スパイダーマン4を同じくライミ監督が作り始めました。
しかしその製作中にライミ監督とソニーとの間で、
作品を作るにあたって意見の食い違いが生じ、
双方の合意が得られない事態にまで発展し、
その結果ライミは監督を降りる事になってしまいます。
そしてライミが作ったスパイダーマンシリーズを
敬愛するメインキャスト達は、『ライミ監督が降りるなら
自分たちも降りる』と主張したのです。
それをやむなく了承したソニーは、
サム・ライミ監督、トビー・マグワイア、
キルスティン・ダンストをはじめとするメインキャストを
すべて抜きにしてスタッフ、キャストを総入れ替えし、
全く新しい面々でスパイダーマンを1から作り直す事を
発表します。
しかもお話はまたピーターが蜘蛛に噛まれる一番最初に戻り、
高校生時代から新たにスタートする事にしたのです。
これを聞いた当時、僕は絶望しました。
実は噂の域を出ないのですが、
スパイダーマン3の時にも既にライミ監督とソニーとの間で、
双方の主張に食い違いが生じていたというのです。
原作で世間に人気のヴェノムを敵として出すようソニー側は
指示し、一方のライミ側は敵を出しすぎると
扱いがぼやける為出したくないと主張します。
しかし結局双方が折り合いをつける形で、
ヴェノムは出し映画は完成しました。
その結果、監督の危惧通り、敵をじっくりと描く事が
できず、詰め込み過ぎで曖昧な出来になってしまいました。
そういう事があった後、再び起こった制作陣と配給会社との
軋轢により、今度は映画自体が無かった事に
なってしまったのです。
絶望以外に何を感じろというのでしょうか?
それから少しづつ新生スパイダーマン映画の全貌が見え始め、
ビジュアルが公開されたり、設定やストーリー、配役が
決まっていく中でも、僕は何一つ期待できないままでした。
ライミ版を愛するあまり、違和感を感じるのみだったのです。
拒絶反応と言ってもいいでしょう。
しかし、いよいよ予告編が公開される段階になり、
意を決して恐る恐る見てみたのです。
すると意外な結果が待っていました。
スイングアクション、ストーリー、キャラクター。
それらが思ったよりいい感じで仕上がっていたのです。
『これなら別物としてでも、新しいスパイダーマンとして
僕の中で受け入れる事が出来るかもしれない。』
そういう希望が湧いてきたのです。
そして、劇中の映像が公式に少し公開されたのですが、
これを見て僕は思いました。
『これはもしかしたらいけるかも?』
その本編映像は、橋から落ちそうになる車から、
中に取り残されていた子供を助けるシーンでした。
自分は車を支えるので精一杯だったピーターは、
これをかぶって登っておいでと言って少年を励まし、
スパイダーマンマスクを脱いで少年に渡すのです。
無事に助かる少年。
こんな重要なシーンを公開前に公式で見せるとは、
他にも素晴らしいシーンがあるぞという自信の表れです。
ぼくはこの『ピーターらしさ』『スパイダーマンらしさ』
を見て、これは大丈夫ではないかな?と思ったのです。
そしていざ劇場に向かいました。
淡々と流れるピーターの日常。今回のガールフレンドは
グウェン・ステイシーです。
3部作と違い、原作でも最初に登場した女の子をヒロインに
据えています。
そして例の蜘蛛に噛まれるシーン。ここは3部作と
大差ないのですが、ひとつだけ重要な違いが。
3部作では手から直接蜘蛛の糸が出ていましたが、
今回はピーターの発明により、蜘蛛の糸を出す
リストバンドを手に装着し手動で出すようになっています。
実はこれ、原作では『ウェブシューター』という名前で
登場します。
すなわち、ヒロインもウェブシューターも、原作を
忠実に再現しようとしているのです。
その試みの意思表明が、題名にも現れています。
『アメイジング・スパイダーマン』という題名は、
原作コミックのメインタイトルそのものなのです。
原作のスパイダーマンシリーズは、その人気から
多くのコミックシリーズが刊行されており、
『スペクタキュラー・スパイダーマン』
『センセーショナル・スパイダーマン』
『フレンドリー・ネイバーフッド・スパイダーマン』
などがありますが、本流のタイトルが
『アメイジング・スパイダーマン』なのです。
そこから、制作陣が『原点回帰』をアピールしている
事が伺えるのです。
そして青春モノの色合いが強くなり、ピーターが
スパイダーマンになるまでが、かなり長く描かれます。
なかなかならないので大丈夫か?と思いましたw
ベンおじさんの死も若干変えられており、
ピーターの両親の失踪の謎も浮上します。
大筋は変えず、キャラクター性やストーリーの追加で
差別化を図るようです。
ピーターが明るくてイケメンで、ガールフレンドとも
最初から相思相愛な感じで、僕の中で固まっていた
ピーターのイメージとは違った感じになっていました。
しかしそこが新鮮でもありました。
高校時代だから、まだ幼さが残る行動や言動にも
理解ができました。
そしてグウェンの比類なき可憐ぶりも新鮮でした。
中も外もチャーミングで活発で元気。
それはMJとはまた違った魅力です。
アンドリューもエマも、素晴らしい役者です。
リザードに変身してしまうコナーズ教授も、
3部作で出た人物とは違いこそすれ、
科学者として誤った方向に行ってしまうのですが、
ピーターの頭脳は認め、共に協力して研究する姿は、
3部作の2でのドクターオクトパスと、
ピーターとの絆を彷彿とさせました。
メイおばさんとベンおじさんも素晴らしい配役で、
また違った魅力がありました。
そして今回キーキャラクターとなるのが、
グウェンのお父さん、ステイシー警部です。
今回はこの人が、3部作でのJJJ編集長の
役割を担っていると言ってもいいでしょう。
スパイダーマンが、私怨の為に手当たり次第に
悪党を懲らしめている、危険人物だと忌み嫌い、
逮捕しようとするのです。
そういった事までは事前情報なのでネタバレでは
ないのですが、中盤以降、本当にこの作品は
僕の中でガラッと評価をあげる展開を見せます。
中盤までは、リザードとの戦いやスパイダーマンの
行動、物語の展開など、正直ああ、この調子だと
響くものがあまり無いままに終わるのかなあ?
と思っていました。
しかしある事がきっかけで、物語の終盤、
とんでもなく僕の心を揺さぶるシーンが訪れたのです。
これは本当に劇場で見てもらうしかありません。
スパイダーマンが地域の人々と密着しているからこそ、
『親愛なる隣人』だからこそ訪れたシーンでしょう。
3部作でもこのような展開は訪れましたが、
今回のように泣かせる展開は無かったように思います。
3Dに関してですが、最大限に生かされていたのが、
やはり摩天楼をスイングするスパイダーマンでしょう。
クライマックスシーンでの彼の跳躍は、
とてつもなく臨場感が溢れ、更に泣けてきます。
これだけ自然に3Dを入れ込んでいる作りは、
まさにアメイジングです。
中盤まで、ピーターがスパイダーマンになるまでを
丹念に描き、やや間延びした感じは受けましたが、
終盤の胸を打つシーンがそれをすべてひっくり返し、
大逆転の傑作へと変化しました。
僕はこのシーンでボロボロ泣いてしまい、本当に
それ以降のシーンが画面が涙で曇って
あまりよく見れませんでした。
それほどまでに僕の胸を貫いたシーンでした。
胸を打つ熱い展開が何度も待っているラストシーン。
そこにいたのは、紛れもなく
『スパイダーマン』であり、
『ピーター・パーカー』であり、
『メイ・パーカー』であり、
『ベン・パーカー』であり、
『グウェン・ステイシー』であり、
『カート・コナーズ』であり、
『ジョージ・ステイシー』でした。
僕的に、フラッシュ・トンプソンが
ちゃんと『イジメっ子だけど根はイイ奴』
だった事が嬉しかったです。
あと、冒頭でピーターがいじめられた時にいた
メガネの女の子が、ちょいキャラだけど
いいなと思い、3部作で登場した、
ピーターのアパートの大家の娘を思い出しました。
ネタバレが出来ないので、書きたい事もあまり書けません
でしたが、30日から本上映が始まるので、また
再度鑑賞し、落ち着いたらネタバレレビューも
書きたいと思います。
今回の映画がちゃんとした
『スパイダーマン』として仕上がったのには、
理由がありそうです。
最近のMARVELヒーロー映画では、
MARVELスタジオが映画の重要な事項については
決定権を持ち、たとえば『スパイダーマン』なら
『スパイダーマン』らしくない映画は作らせない、
という権限を持ち始めているという事です。
これが事実なら、
この『アメイジング・スパイダーマン』の
クオリティも、そのおかげと言えるかもしれません。
とにかく僕と同じように、ライミ版の愛によって
見に行くのをためらっている人へ。
絶対気にいるので、ぜひ見に行ってください!
あと3部作を見ていない人へ。
別物なので見なくても楽しめます。
ヒーロー映画への偏見や既成概念、固定観念を
全てかなぐり捨て、ぜひこの素晴らしい物語を
楽しんできてください!
結論を言うと、
『アメイジング・スパイダーマン』
傑作です!
新たなスパイダーマンサーガの始まりを、是非3Dで
見届けに行ってください!!