「やがて血に染まる」ゼア・ウィル・ビー・ブラッド レントさんの映画レビュー(感想・評価)
やがて血に染まる
映画タイトル自体が旧約聖書の出エジプト記に出てくる「やがて血に染まる」の意味であり、それが何とも示唆に富んでいる。
本作が製作されたのが2007年、それまでにアメリカは世界の、特に中東の石油利権確保のためにきな臭いことを行ってきた。
イランの石油利権を狙いCIAを使って傀儡政権のパーレビ朝を樹立させてコントロールしようとしたがイスラム革命が起きて失敗、その後の湾岸戦争でもあえてイラクのクェート侵攻を黙認して頃合いを見計らい攻撃して中東における石油利権の主導権を握ろうとした。また2003年の大量破壊兵器というでっち上げによるイラク侵攻もその石油利権を目的としたものだったと言われている。
常に世界の石油利権を狙って来たアメリカのその姿は本作の主人公ダニエルの姿と被る。彼もまた他人の土地から所有者たちをうまく騙しては根こそぎ石油を奪い取り富を築いていった。
ダニエルの石油掘削事業は20世紀初頭のオイルラッシュに行われたものだが、その後のアメリカは国内の石油だけに飽き足らず世界の石油利権確保に向けた戦略を積み重ねていく。
ダニエルは彼の事業によりあたかもその土地に暮らす人々の生活が潤うかのような宣伝文句を並べたてる。
井戸を掘ることで麦を育ててパンをみんなが食べられるようにしよう。子供のために学校も作ろう。自分の石油事業で土地の住人達もさぞ潤うかのように話をするがその後村人たちがその恩恵を受けた様子は見られない。
これもアメリカがイスラム圏の国々を世俗化して操ろうとしてきた手口だ。民主化という飴をぶら下げて独裁政権を崩壊させるが、その後のアフガンやイラクはまさにパンドラの箱を開けてしまったかのような混迷ぶりで、結局米軍は撤退を余儀なくされる。
アメリカが民主主義のための戦いと銘打って行われた戦争で住人たちの多くが命を失われ生活を奪われた。まさにアメリカの行くところすべてが血に染まった。
かたや、怪しい説教で村人を操る牧師のイーライもダニエルと同じだった。彼にはアイデアや金はないが権威でもって人々を操った。
ダニエルが自分の事業のためにイーライと手を組む場面がある。いやいやながらも彼の宗教の洗礼を受けてパイプラインのための土地を借りることに成功する。それはあたかもアメリカの資本主義と宗教の権威が結びついて国を支配しているさまを表しているかのようだ。
イーライも牧師でありながら欲にくらみ投資に手を出すが世界恐慌のあおりを受けて失敗し破滅する。ダニエルに泣きつくが、息子からも見捨てられて孤独の中で酒におぼれていたダニエルに殺されてしまう。似た者同士の二人はともに血に染まり破滅的な結末を迎える。
自国優先の利益優先の腐敗した資本主義社会のアメリカを象徴するダニエル、かたや怪しい説教で人心を操り自らの欲望をかなえようとしたイーライ。二人のその姿はともに今のアメリカの姿を象徴した姿だと言える。
イーライはキリスト教原理主義者を彷彿とさせるし、息をするように噓をつくダニエルの姿は現在のアメリカ大統領の誰かさんそっくりだ。富だけを追い求め、結局家族への愛も抱けず孤独の中破滅に向かうダニエルのその姿はまさに誰かさんの今後の行く末を暗示してるかのようだ。
当時は出馬の意思さえ表明してなかった誰かさんのことをここまで予測して本作を製作したポール・トーマス・アンダーソンの先見の明には驚かされる。
とても見ごたえがある大作だった。そしてやはりポール・ダノは裏切らない。