山猫のレビュー・感想・評価
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不朽の名作を4K版で見る至福のひと時。これほどの贅沢はあるだろうか。
不朽の名作。にもかかわらず、レンタル屋は取り扱いがなく、ソフト購入も高すぎて手が出ない。それゆえ、このたび4K版がかかる機会を逃すわけにはいかなかった。結果、あまりの美しさに本作の真の凄みを見せつけられた思いがした。バート・ランカスターが立ち上がる時、その長身から放たれる波動が、肌をも震わすかのような感動となって沁み渡っていく。 貴族文化を肌身で知るヴィスコンティゆえ、全編の「本物感」は圧倒的だ。一方、本作をきちんと理解しようと思えば、近代イタリア史を頭に入れて臨まねばなるまい。これは時代の荒波に揉まれ、古い体制や価値観が刷新される激動期の物語。取り残される側の貴族、それも一家の長としてのランカスターが辿る心の移ろいを、全体の3分の1の長さを誇る舞踏会シーンに投影させたヴィスコンティの芸術性は素晴らしい。昔は良さが分からなかった筆者も、20年を経て、すっかり心に沁みてしょうがなかった。
生きることの倦怠と諦念
とにかく美しい映像に圧倒される。/市民社会の成立によって没落していく貴族の話ではあるが、生きることに必然的に含まれる倦怠と諦念を描いていると思った。/延々続く舞踏会の床が汚い(手袋やらゴミやら落ちている)のを気にすることなく踊り続ける若者たちがリアル(夜明けのクラブっすよね)。
時代絵巻。芸術の秋にふさわしい一本。
と同時に、人生の折り返し地点に着たら、ぜひ秋の夜長に味わってほしい映画。 監督が紡ぎだす世界に圧倒される。腰を据えて堪能すべき。 時代の変革期。イタリア史に疎い私は、時折?となる。 私の不勉強のせいなのだが、そこが減点ポイント。 だが、映画に描かれている風俗にくぎ付けになる。 貴族の日常。召使。領地で農作物を作る人々。 避暑地への移動。 同じ国土に生を受けた人々同士の歩兵戦。 そして、噂に名高い舞踏会。「壁の花」という言葉はあるものの、実際は踊っている人だけじゃなくて、おしゃべりに興じる人、深夜の食事…。 時代を描いているが、革命軍と国王派の主義の違いなどは、見事に割愛。 ただ、”封建制度の頂点を為す公爵が選挙に来て投票する”様子を、当の公爵や、それを受ける選挙人・おつきの人々などの反応によって、時代が変わる様を映し出す。 山猫とは、公爵家の象徴であり、一つの信念で動く孤高の存在のことか? 獅子は当然、王家。 山犬とは、餌(利)を求めて嗅ぎまわるものの比喩? 羊は、当然、自分で判断せずに、”大いなるもの”に付き従うものであり、生贄にされるもの。 貴族というと搾取がすぐに頭に浮かぶが、領民が日々の生活を営めるようにしていた人々もいたであろう。困りごとに対応し、うまく運営できれば、WIN-WINの関係になる。 だが、資本主義の世となり、利用し、のし上がるものと、利用されるものに別れる。 そんな人間模様が端的に描き出される。 その様を下地にして、公爵の諦観が煌びやかに浮かび上がる。 「もう少し若ければ」 一族・領民のために、大局を見据える思慮深さと、必要なことを為す行動力・自分コントロールをもつ公爵。 これほどの人物だからか、これほどの人物なのにか。時代にのってひと花咲かせる才覚がありそうなのに、そう乞われているのに。 公爵の選択。 目先の利に敏く、時代の波に乗る甥との対比が、 美しくはあるがちょっと前なら表舞台に出られない、教養や品はないが生命力あふれる女性が、晩餐会の中央に出てくるという変化との対比が、 変わらぬ、公爵夫人や子どもたち。 公爵のたたずまい。 公爵家の有り様を際立たせる。 そんな時代の流れと、これからの人生の時の流れ。 この先の人生を考える時、公爵の想いにシンクロして胸をうつ。 1963年制作の映画。今より平均寿命がかなり短かったころの話。 そんな公爵が踊るワルツ。あんなに優雅で語り掛けてくるワルツを見たことがない。 原作未読。 (2019年ぴあ映画、2020年Yahoo!映画に投稿したものを、追記して再掲)
アランドロンのかっこよさが印象的
時代の移り変わりと、若さと勢いの物語。 そして、それを受け入れる度量のある初老の公爵。 バートランカスターの渋くて重厚な演技は、素晴らしい。 本物の貴族を思わせる。そしてアランドロン。 古今東西で一番かと思わせる顔。男から見ても絶頂な二枚目。 長い晩餐会のシーンは、当時の貴族の風俗が見れてよかった。 そこも映画の魅力の一つ。
戦闘シーンと舞踏会シーン
シチリアの貴族(バート・ランカスター)は先見の明があり、甥(アラン・ドロン)の革命運動参加にも理解がある。 甥が婚約者(クラウディア・カルディナーレ)を迎え、自分の時代が終わったことを実感する。 前半の戦闘シーンと後半の舞踏会のシーンは、多くのエキストラを見事に統率して見ごたえがある。
バートランカスターの格と気品
バートランカスター扮するサリーナ公爵は、アランドロン扮する甥のタンクレディ伯爵が見初めたクラウディアカルディナーレ扮する身分違いの近所の娘アンジェリカとの結婚を許した。シチリア貴族の優雅な暮らしぶりと豪勢な邸宅とともに長い長い重厚な作品。バートランカスターのかもし出す公爵らしき格と気品も大したものだ。
豪華キャストによる美しいイタリア歴史絵巻
イケオジ斜陽シチリア貴族のバート・ランカスターが超カッコいい。アラン・ドロンがお人形のように美形。クラウディア・カルディナーレが魅惑的。準メインキャストもチラッと出てくる若者達でさえ美男美女揃いで眼福。 衣装もセットも多分全部本物。舞踏会シーンは圧巻の美しさ。イケオジ伯爵と若い成金娘の華麗なワルツはため息もので、ワルツってこうやって踊るものなんだな、と教えてもらった気がした。 時代の転換期と自分の人生の節目が重なって男性更年期をこじらせてしまいそうな伯爵の涙や背中がとても寂しくて、余計に伯爵がステキに見えた気がしたw。
令和の始まりに観てこそ意味がある
中世から近世への変革期 社会だけでなく人間もまた変革されていく サリーナ公爵とセダーラは支配階級の交代と貴族社会の終焉を サリーナ公爵とタンクレデイは老若の世代交代を それぞれの人物を通して描いています このようにさまざまな切り口で、こういった洋の東西、古今を問わない人類不変のテーマを幾重にも重ね合わせています 最初の内こそ事情を飲み込めずに退屈してしまうかも知れません しかし次第にその不変のテーマの重ね合わせに気付きだしてからは、いつしか3時間を超える長さも気にならないくらいに没入してしまうのです イタリアの近世史に詳しく無くともテーマは誰にも理解でき共感できることなのです 忠実に再現されたであろう1860年のシチリアに於ける貴族社会の実相が見所でしょう 後半に長く続く舞踏会のシーンはことに有名です もちろん日本人にはそれがどのくらい忠実であるのかは判断つきません しかし21世紀に生きる日本人であっても幕末の頃を舞台にした映画の時代考証の忠実さはある程度は肌感覚で分かります それと同じように本物の貴族である監督が本物を再現して見せているのは、映像の中の空気からハッキリと伝わってきます 見たことのあるような西洋絵画のそのままの光と色彩が画面にあります 絵画的なのではなく、西洋絵画が如何に現実に写実的であったのかの証明ですらあります 物語はまさに同じ時代の日本でもあったような物語です 大政奉還に揺れる地方の小藩の殿様の物語です 例えるならこうでしょう 御維新は時代の流れと諦めつつも家名を残す為には富裕な商家から嫁を迎えるのも当然と考えています うまく立ち回って新政府軍に連なっている甥は、これからはこれくらいの才覚がなければと頼もしく見ます 野心ある若い彼にはアンジェリカのような強い女で無くては連れ添えない、コンチェッタなような古い時代のままに育った娘では足手まといになると そして鏡に写る自分に老いを感じ 洋装、断髪は自分にはできないと知る 山猫の時代は去ったと主人公は最後に述べます 同じように21世紀の日本も時代は変わり令和となりました 山猫と獅子は去り、ジャッカルと羊の世の中なのかも知れません 古い世代の人々からは舞踏会の部屋で騒ぐ娘達を猿の様だと冷たい目で見られているのかも知れません しかし新しい世代はタンクレデイの世代なのです 古い人間は夜道を一人歩いて退場していくのみなのです 令和時代の始まりにこそ観ておくべき映画でしょう
初めて自分の血に流れる貴族の世界を絢爛豪華な絵巻として描きあげたビスコンティの傑作。しかし一方時代背景、消え行く旧き世代と台頭する新しき世代を、これまで同様リアリズモの苛烈な筆致で描き出していく。
①やはり最大の見物は舞踏会でのバート・ランカスターとクローディア・クロディナーレの目眩くダンスシーン。 ここはまた貴族階層と庶民階層とが同じ舞踏会でペアで踊ることで本作のテーマを象徴するシーンとなっている。
状況説明が悪くのめり込めない
総合:65点 ( ストーリー:50点|キャスト:70点|演出:70点|ビジュアル:80点|音楽:65点 ) 何が起きているのかわからない。ろくに説明がない。どうも戦争が迫っているらしい。だけど登場人物側がどのような立場で、それに対してどのような立場の勢力がいて、どのような利害関係があるのかわからない。ただ将来を左右する岐路にいるのかなというのがわかる程度で、具体的なことが描写されない。いきなり戦っているけれど、背景を理解していないから、何一つのめり込めず、遠い昔にどこかの誰かが誰かと戦っているんだなと遠い目で見てしまう。 戦いが終わってからも似たり寄ったりで、タンクレディは遠い所で何をしたいのか何をやってきたのかを部屋でちょっと語るだけで、実際の行動は殆ど示されない。物語の躍動感がなく、色々と大変な時代らしいとはいえ日常生活が延々と描写されるだけ。 そんな場面が変わって舞踏会になると実に華があった。古い伝統のお屋敷で美男美女が舞い踊る姿は豪華で美しい。古いために映像の色は鮮明とは言い難いが、延々と続く舞踏会こそこの映画の見せ場で、ここのみで見る価値がある。点数はここにつける。 時代が変わり貴族の時代でもなくなり、侯爵は貴族階級と共に時代に置き去りにされる。そして新しい時代には新興の上流階級が支配階級となっていく。そのような雰囲気はわかる。 だが同じビスコンティ監督の『ベニスの死す』でもそうだが、この監督は設定と物語の展開の描写が情報不足で、雰囲気ばかりを作ることに集中しすぎている。ビスコンティは貴族の出身らしく城で育ったそうだが、貴族の描き方は良く分かっているように見えた。だが物語の描き方が駄目。伝わってこないしのめり込めない。今まで観た中で、ビスコンティ監督作品で面白いと思ったものがない。本作も久しぶりに観なおしてみたが、やはりこの名監督は自分の感性には合わないようだ。 アラン・ドロンはイタリア語が喋れるのかと思ったら、こちらは吹替らしい。バート・ランカスターは当然吹替。
劇場鑑賞のラストチャンス
57. 1963年初公開。ビスコンティ監督の初期の代表作。4K復刻版公開。1時間に及ぶ舞踏会のシーンがこの作品のクライマックス。貴族社会の衰退を暗示している。個人的には、ビスコンティの「ベニスに死す」推し
華やかさだけでも一見の価値あり
後半の華やかな舞踏会とサリーナ公爵の対照的な様子が見事。 アラン・ドロンも美しかったが、それとは違うバート・ランカスターの魅力。ダンスシーンには見惚れてしまった。 イタリア統一に関する背景知識が乏しく、公爵の苦悩が理解出来なかったのが残念。
「万物流転の世」
イタリア統一運動の最中、没落を予感するシチリア貴族や、時代の波に乗る若者達を描いた作品。 映像が大変美しいです。 威厳に溢れ、家柄、しきたり、体裁、マナーを重んじる貴族の鑑のようなSalina公爵と、彼の甥で金遣いの荒いopportunistの美男子Tancrediが共に目を奪われるのは、成金で野暮なSedaraの娘Angelicaの美貌。品格も教養もない彼女ですが、魔性の魅力で貴族の心を鷲掴みし、封建主義を根底から覆す新しい時代の象徴のようでした。 「山猫や獅子が支配する時代は去り、ジャッカルや羊が取って代わる」 山猫というとピンと来ないのですが、ocelotやleopardということなら、確かに優雅で美しい生き物です。絶滅危惧種もいますね。 山猫は貴族、獅子は王族? ジャッカルはSedaraやAngelicaといったブルジョワジー、羊はその他大勢のただ盲目的に従う民衆… を指すのでしょう。 山猫も獅子もジャッカルも羊も、みんな平等になる未来が来ると…。 紀元前よりあちらこちらから攻め込まれ、落ち着く暇のなかったシチリア。永い眠りと忘却への渇望、官能なる停滞すなわち死への憧れというのは、そういう歴史的背景から来るのだと知りました。 「現状を維持したければ変わらねばならない」 「体制全体を保つために一部の変化が必要なのだ」 「人を導きたい者に必須の己を欺く能力」 本作に惹かれる政治家が少なくないようですが、こういった政治思想的要素と作品の時代背景に魅了されるのでしょうか。 自分は行かざるを得なくて行ったことしかないのですが、訪伊の度に、苦手意識がどんどん増します🥲。勿論良い人はいるのですが…、時折直面する非合理性に絶句してしまいます。正直個人的には、芸術や美的センスへの尊敬だけで克服出来るものではないです。 この伊(&仏)映画で意外にも自分の気持ちに近い台詞があって衝撃でした。 「シチリアの人間は改善を望まない。自分自身を完璧だと思っているからだ。貧困よりも虚栄心にこだわる。」 "They never want to improve. They think themselves perfect. Their vanity is greater than their misery." そう、これ! (高慢と見栄っ張りは同義ではないけど、シチリアに限らず)プライドの高さに見合う、生活水準と教養が伴っていない!… 人に当たる確率が異様に高い… 気がする…。 彼らの完璧って何なんだろ。 「公爵様のお通〜り〜」的描写が江戸時代のようでした。砂埃にまみれながらも儀式的接待に耐える公爵家御一行。馬車よりエッサホイサの籠のほうが、遅い分?汚れなさそうです。 Burt Lancasterの憂いを帯びた気品ある公爵姿が素敵でした。Tancrediの包帯の位置が毎回適当なのは残念。公爵夫人に続いて欠伸する大きなワンちゃんが良かった。 追記: RIP Alain Delon Mes sincères condoléances😭
カルディナーレの下卑た笑いと美しさ
ランカスターの公爵がとても素敵なのだが 時代の主役は生命力があるものが奪うという話 最後のワルツは決して相いれないもの同士の最初で最後の会釈のようなものか カルディナーレが全盛期の美しさで 私は ひそかに 主役の座を奪ったのでは… と思っている
何回観ても好きです
最初観た時にはアラン・ドロンに魅せられた。次観た時はバート・ランカスターが渋かった。舞踏会、別荘、馬車旅と途中のランチ、シチリアの乾いた山肌、草原、貧しい家と壮麗な邸宅、社会の変化と人生など、見どころ多すぎて、時間があっという間でした。 素晴らしい映画がこういう形で復元され残っていく事は、とても嬉しいです。
望郷の彼方
長ーい中世(近世の終わり、貴族/平民の支配関係の変革、新世界への希望と去り行く栄華への望郷、色んな要素が混じり合い何も定かでない時代。 個人的には公爵(旧時代の終の姿を見届けたいなと思った
晩餐会のシーンがすべて
うん、あまり観ているわけではないけど、今まで見たバート・ランカスターの中で最も良かったです! こんな端正な役もできるんだと気づかせていただきました。 で、作品の方ですが、前半は少し間延びしていた感じもあったのですが、後半の晩餐会のシーン! もうこれだけで十分でした! たぶんこのシーンを撮りたかっただけなのではという気さえするぐらいに充実していたと思います。そしてこのシーンを支えているのが、やっぱりバート・ランカスターの憂いでしたね! それが常に底流に流れているからこそ、煌びやかなダンスもそれだけには終わらないもの悲しさを演出していました。 ラストシーンもまた、印象深いものでした。
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