「ポン・ジュノ団地の中には、シュールで、愚かで、愛さずにはいられない人々が住んでいる」ほえる犬は噛まない 近大さんの映画レビュー(感想・評価)
ポン・ジュノ団地の中には、シュールで、愚かで、愛さずにはいられない人々が住んでいる
ポン・ジュノ2000年の長編監督デビュー作。
約20年後、カンヌや米アカデミーを制す世界的名匠になろうとは、この時誰が思っただろうか。
だって本作を見たら、異色の監督が現れたと思わずにいられない。
本人も自分は変わってるからヘンな映画ばかり撮る…と、何かのインタビューで言っていた。
でも、全く理解不能の“ヘン”には非ず。後の『パラサイト』にも通じる片鱗はこの頃から。
巨大団地内で頻発する飼い犬失踪事件。
それを二つの視点、シュールな人間模様の中に描いていく。
団地の管理事務所で経理をしているヒョンナム。冴えない性格で、駄菓子屋を営む友人とボケ~ッとTVを見ながら、ニュースで取り上げられる一般人が活躍して強盗を捕まえるような“ヒーロー”になる事に憧れている。
そんなある日、団地に住む女の子から居なくなった飼い犬を探して欲しいと頼まれる。
真面目で正義感ある性格。団地中に貼り紙して懸命に探す…。
その犯人。
団地の住人、ユンジュ。
大学教授のポストを狙っているが、それには学長への多額の賄賂が必要で、そんな金はナシ。家では妊娠中の妻の尻に敷かれ、彼もまた冴えず、うだつが上がらず…。
その日も電話で働き口に繋がらず、意気消沈。おまけに、何処からかうるさい犬の鳴き声。
彼の中の何かが壊れた。
たまたま見つけた子犬(少女の飼い犬)を団地の地下室に隠す…。
それが団地を揺るがす(?)大(珍?)事件の始まり…。
この両者、ニアミスが続く。
ユンジュが別の子犬を屋上から投げ落とす。それを見ていたヒョンナム。団地内を猛ダッシュで、背中を目前に捉え、捕まえるまで後一歩!…の所で、ドアが突然開いて…。
お互い、各々の立場は知らない。ある時、ひょんなきっかけで知り合う。ユンジュはヒョンナムが子犬を探していると知るが、ヒョンナムはユンジュがその犯人とは知らぬまま…。
社会の縮図とでも言うべき団地。
様々な人間模様が蠢く。
冴えない仕事にうんざり。
仕事にあり就けず、家での立場も散々。
屋上で日干し大根を作る老女。
地下室では…
ユンジュが隠した子犬を見つけ、それを鍋のメインディッシュにしようとする老警備員。
いつの間にかこの団地の何処かに住み着き、やはり子犬を見つけ食べようとする浮浪者。
犬を食べるなんて残酷だが、ある世代では普通に食べていた事あったとか。私もリアルに高齢者からそんな話を聞いた事がある。
犬が虐げられる描写もあり、犬好きにはキツイかも…。
妻にこき使われ、さらに妻が勝手に子犬まで飼う。
生活は厳しく、こちらは金の工面に苦労しているのに、犬だと!?
遂に不満が爆発。
しかしある時妻の真意を知る。妊娠を理由に仕事を解雇。退職金から唯一の自分へのご褒美として飼った子犬。退職金の残りは、夫の働き口の為に当てようとしていた。
イライラさせる妻と思いきや、実は内助の功。
そんな妻が飼った子犬を、ユンジュは散歩中に失踪させてしまう。
飼い犬を失踪させていたユンジュは今度は自分が犬を探す立場に。
奇しくもそれに協力するのが、ヒョンナム。
皮肉と言うか、風刺たっぷりと言うか…。
ペ・ドゥナが可愛い。
本作で注目され、ドラマやコメディに変幻自在。その後もポン・ジュノ作品やソン・ガンホとの共演も多く、韓国を代表する女優に。
活躍は韓国内に留まらず、日本映画やハリウッド映画にも。
彼女の活躍はこの団地の子犬失踪事件から始まった…!
ユンジュの妻の犬は見つかった。でも、ただ良かった…には終われない。彼はそれ以前の子犬失踪事件の犯人である。
遂にヒョンナムがそれを知る時が。あの時と同じ“背中”。
警察に逮捕されるとか思ってたとは違うオチに意表付かれた。
その後の二人の明暗も。
ユンジュは金が工面出来、大学教授にあり就いたが…、何故か虚しい。
ヒョンナムは本来の経理の仕事そっちのけで子犬探しばかりして、解雇。人や社会の表裏をこの団地で目の当たりにしたが…、そこからの成長と新たな出発へ晴れ晴れと。友人と行く林の中の散歩の光が美しい。
ポン・ジュノが見つめる人間への変わった眼差し。
愚かで、滑稽で、哀れでもある。
でもそんな中にも人間への愛も滲み出る。
貧困層が閉じ込められたような団地は、それこそ“半地下”の原型だ。
登場人物の言動、物語の展開もこちらが思ってるとは別の方向へ行く。
ポン・ジュノはデビュー作の頃から“異才”だった。