「そう囁くのよ、私のマトリックスが…。 日本アニメの底力を感じると共に、現状の侘しさを痛感させられる。」アニマトリックス たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
そう囁くのよ、私のマトリックスが…。 日本アニメの底力を感じると共に、現状の侘しさを痛感させられる。
仮想現実世界「マトリックス」を舞台に繰り広げられる機械と人間の戦いを描いたSFアクション『マトリックス』シリーズのスピンオフ。
『マトリックス リローデッド』(2003)で言及されていたオシリス号の最期や、機械と人間がいかにして戦争を始めたのかなど、シリーズの世界観を拡張する9つの短編からなるオムニバス・アニメーション。
9本のうち7本が日本産アニメーション。これはシリーズ生みの親ウォシャウスキー兄弟(姉妹)が日本アニメのファンであり、見る人が見れば一目でわかるほど『マトリックス』(1999)にその影響が色濃く表れている事と関連しているのだろう。
今でこそ、ハリウッド映画のスピンオフとして日本のアニメーションが用いられる事はままあるが、本作が制作されたのは今から20年以上も前のこと。これよりも前にハリウッドが日本のアニメ会社に声をかけてシェアード・ユニバース的な作品を作らせるというのは多分無かったんじゃなかろうか。
これはOVA形式で発売されたのだが、270万本以上のソフトを売り上げるなど商業的な成功を収めた。本作の成功があったからこそ、その後『バットマン ゴッサムナイト』(2008)や『ブレードランナー ブラックアウト2022』(2017)、『スター・ウォーズ:ビジョンズ』(2021-)、『ロード・オブ・ザ・リング/ローハンの戦い』(2024)などが生まれたのだろう。日本のアニメスタジオの力を海外に知らしめた記念碑的な作品と言っても過言ではない。
短編オムニバス・アニメーションというシリーズ異色作だが、第1話『ファイナル・フライト・オブ・ザ・オシリス』と第2話&第3話『セカンド・ルネッサンス』、そして第4話『キッズ・ストーリー』はウォシャウスキー兄弟(姉妹)が脚本を担当しており、映画のストーリーを補足するものとなっている。キアヌ・リーヴスとキャリー・アン=モスもネオ&トリニティ役として声の出演をしており、想像以上に映画と密接にリンクしているアニメになっていて少々驚いた。
別に観ていなくても理解に差し支えはないが、見ていればより『マトリックス』の世界に没頭出来る。この様な作品こそ、スピンオフの本来あるべき姿だと思う。MCUやSWにはこの姿勢を見習っていただきたい。
第1話と第9話『マトリキュレーテッド』の2つのエピソードは海外の監督/スタジオが制作している…と言っても、第1話は日本のゲーム会社「スクウェア」のアメリカスタジオが制作しているし、第9話もメカデザインとしてつるやまおさむさんという日本のアニメーターが参加しているのだが。
この第1話と第9話に関しては特にコレと言った感想はない。第1話は『リローデッド』の前日譚であり、このオムニバスでも特に重要な作品の一つなのだが、コレだけ3Dアニメなんですよね。やっぱり20年前のCGはまだまだ技術的に未熟で、今見るとちょっとキツいものがある。映像面を別にしても、あの脱衣チャンバラは一体何?ほんと男も女もスケベねぇ…。
第9話はいかにも90年代のアメコミって感じの絵柄で、やっぱりちょっとバタ臭い。ただ、アニメーションの質は高く、最初は日本のスタジオの作品かと勘違いしたくらい。もしかしたら日本のアニメーターが原画とか担当しているのかも知れない。
この2エピソードを除く2話〜8話を、日本人監督/日本スタジオが手がけているのだが、本作の目玉はやはりこの7つのエピソードだと思う。
まぁとにかく、参加しているスタッフが超豪華!!第2と第3話の監督が前田真宏(『エヴァンゲリオン』シリーズ)、第4話と第8話が渡辺信一郎(『カウボーイビバップ』)、第5話が川尻善昭(『バンパイアハンターD』)、第6話が小池健(『REDLINE』)、第7話が森本晃司(『鉄コン筋クリート』パイロット版)という、日本アニメの総力を結集したかの様なゴールデンメンバーがそれぞれ作品を制作しており、どのエピソードも見応えばっちり、というか見応えしかない!アニメファンなら鼻から血が出る程の濃さですよこれはっ!!ウォシャウスキー姉妹わかってんなマジで!!
特にお気に入りは第4話。『リローデッド』に登場したネオの鞄持ち、キッドのオリジンストーリーである。このお話、ストーリー自体は大した事ないのだが、とにかくその作画の凄まじい事!身体の躍動を極限まで抽出してみせる逃走シーンはほとんど前衛芸術の領域にまで到達している。一発で大平晋也が原画を描いた事がわかるクセ強すぎの一大アクション。やっぱこの人おかしいよ…。
本作を鑑賞してわかるのは、日本アニメのレベルの高さ。宮崎駿や新海誠ばかりが取り沙汰されるが、それ以外にも素晴らしい監督が多数いる事を、本作を観ればわかってもらえる事だろう。
ただクオリティが高いだけではなく、作品を観れば誰がそれを監督したのかがわかる程のユニークさこそがジャパニメーションの醍醐味。『マトリックス』というハリウッド映画を下敷きにしておりながら、第5話を観ればこれは川尻さんの作品だと一発でわかるし、第6話には小池さん、第7話には森本さん、第8話には渡辺さんの味がしっかりとフィルムに刻印されている。こういう演出家ごとのクセこそがアニメの面白さなんだよなー、と本作を観て再確認する事が出来た。
やはり日本のアニメは素晴らしい!20年以上経った今観ても全く古びていないじゃあないか!!…あれ?
ぶっちゃけそこが日本アニメの問題点。正直、本作の短編の数々は現代でも最高峰のクオリティとして通用する。してしまう。これはつまり、20年経ったというのにアニメの技術が全く進歩していないという事である。この企画が今始動したとしても、多分参加するのは渡辺さんや前田さん、大平晋也さんといった本作とほぼ同じメンバーになるんじゃないだろうか。今スーパーアニメーターとして名前が上がるのは、大体この世代の人たち。それより下でコイツはスゲェ!と思える人材が出てきていないのが正直なところである。
先述した様に、20年前のCGアニメは古くて観ていられない。それはつまり、この20年でCGアニメが大きな発展を遂げたという事の証左である。
この20年、進化していないどころか完全に停滞し、職人たちの高齢化だけが進む日本の2Dアニメに未来はあるのか?
いやいや、人気作品の映画化なんかだと100億円くらいぽんっと稼ぐじゃん!日本アニメはまだまだ元気!という意見もあるだろうが、それらはほとんどが「少年ジャンプ」の作品であり、オリジナルでヒットしているアニメはほとんどないんすよね…。
出版社が自社製品を売り出す宣伝媒体としては優秀なんだろうが、そこに魂が宿っているかと言われたら…ねぇ?
本作のクオリティには文句のつけようもないし、大変楽しんで鑑賞できたのだが、それとは裏腹に今後のアニメ業界の先行きに不安を覚えてしまったのでありました🌀