「サイレント映画の到達点を体感できる一作」あるじ yuiさんの映画レビュー(感想・評価)
サイレント映画の到達点を体感できる一作
約100年前に活躍し、後進の映画作家に大きな影響を与えたカール・テオドラ・ドライヤーの作品です。
これまであまりサイレント映画というものを観たことがなかったので、100分以上の上映時間を果たして楽しむことができるのか、当初不安もありました。いざ実際に観てみると、むしろサイレント映画だからこその作劇を、我ながら驚くほど楽しむことができました。
伴奏はついているけど台詞も環境音もない(時折字幕の台詞を表示する程度)ことがむしろ、観客に俳優の身振りや表情に集中することを促していているようです。
そのため、横暴な男、ビクトルの険しい眉根、悪態をつくためにゆがんだ唇を見るたび、「何こいつ、むかつく!」って本当に腹が立ってくるし、彼に手痛いしっぺ返しを食らわせるマッスお婆さんがほくそ笑む姿の、そのラスボス感に戦慄したりと、現代の観客でも結構本気で感情移入してしまうほどでした。
そしてデジタルリマスターを経た映像は非常に美しく、ビネットを効かせた画面に浮かび上がる人物の姿は、まるで絵画のようです。特にドライヤーの撮影法なのか当時の標準的な照明術なのか、人物の後方から当たるハイライトの光の美しさは特筆すべき点です。
本作は、厳しい幼年時代を送ったというドライヤーの体験を踏まえているそうで、『イントレランス』(1916)のように壮大な物語ではないし、むしろ道徳訓話的な側面が強いんだけど、映画作家としてのドライヤーに触れるという意味では格好の作品ではないかと思います。
映画史としてはこの後トーキー(有声映画)の時代に入り、本作の2年後にドライヤーが監督した『裁かるゝジャンヌ』(1928)も当初はトーキーでの製作を企図したということです。
こうした流れを踏まえると、本作『あるじ』は、サイレント映画という表現手法の到達点を体感できる作品であるといえそうです。