「タニス草入りの「悪魔の首飾り」」ローズマリーの赤ちゃん TRINITY:The Righthanded DeVilさんの映画レビュー(感想・評価)
タニス草入りの「悪魔の首飾り」
『エクソシスト』(1973)から始まるホラーブームの5年前に作られた、古典的ホラー映画のマスターピース。
公開時は主演女優ミア・ファローの演技が賞賛されたそうだが、夫ガイ役のジョン・カサヴェテス(「インディ映画の父」と呼ばれてるとか)も怪しげな存在感を示している。
だが、そんなことよりやっぱり触れておきたいのが、ロマン・ポランスキー監督の波瀾万丈すぎるバイオグラフィー。
ユダヤ系の家庭に生まれ、母の故郷ポーランドで幼年期を過ごすうち、ナチスの侵攻に遭遇。本人はからくも逃げのびるものの、両親は収容所に送られ、母はナチスに殺害。
終戦後はソ連による本国の共産支配を嫌い、他の欧州諸国からアメリカへと移り住む中で本作品を発表。しかしその翌年、本作の呪い返しのように、妊娠中の妻がカルト集団によって惨殺。
ところが、事件から十年も経たないうちに、少女への性的暴行で、今度は自分が加害者に。
重罪は免れないと悟るや、保釈中にアメリカから出国。渡欧中の2002年に『戦場のピアニスト』を監督すると、世界的に大ヒット。自身も監督賞でオスカーを獲得するも、米国に戻れば収監確実なので、授賞式には立ち会えずじまい。
その後も彼からの性被害を名乗り出る女性が続々と、死んだら即、映画化間違いなしの人生。
原作を読んでないので、詳しいことまで踏み込んで語りにくいが、当時、問題になりつつあった都会での人間関係の希薄さや転居にまつわる戸惑い、初出産を控えた女性の漠然とした不安など、日常的なモチーフを下地にしているうえ、直接的な映像表現がほとんどないため、ホラーというより、心理サスペンスの趣が強い。
夫以外の主要人物が、そろって高齢者ばかりなので、主人公を追い詰めていく過程がもどかしいうえに、どことなく痛々しい。
お達者クラブの皆様でも恐怖を感じさせるような、陰影を利かせたライティングやカメラワークを使えなかったものかと思ってしまう。
作中いろいろ出てくるアイテムも、伏線というよりはネタバレっぽく、何となく先が読めてしまう展開に、さしたるどんでん返しもないままのラストは、拍子抜けの感も。
しかし、本作品でもっとも問題なのは、日本人蔑視の演出だろう。
ヤマハのCMが幾度となく挿入されるのは、出演する夫のガイが売れない三流役者であることを強調するためだろうし(日本企業しか相手にしてくれない)、悪魔崇拝者のなかには、黒縁メガネにカメラを持った類型的な東洋人の姿が。
母を殺したナチス・ドイツと組んでいたことが許せなかったのかも知れないが、自身もポーランド系ユダヤ人として差別に苛まれた筈のポランスキー監督がこのような表現に及んだことは、残念というより悲しい。
作品が製作されたのが、1968年。
前年に正真正銘ホラーの傑作、『世にも怪奇な物語』を撮り終えていたF.フェリーニ監督(『悪魔の首飾り』を担当)がこの作品を監督していたらどんな映画になっていただろうと考えてしまうのは、自分だけ?!