旅愁(1950)のレビュー・感想・評価
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2人に共感できない
イタリアの観光地の映像は綺麗でよかった。
ストーリーはつまらない。まず、何で出会ってすぐにデヴィッドとマリアの2人が恋愛関係になるのか分からない。「友人として過ごす」とデヴィッドは言っていたが、どう見ても最初から恋愛関係にしか見えない。飛行機が止まった時間を、隣席にいた女性との旅行に使うところは『めぐり逢い(1994)』に似ている。『めぐり逢い』だとウォーレン・ベイティが積極的に彼女をナンパして距離を縮めていたので恋愛関係になるのも分かるが、今作にはそういうきっかけを感じない。
あと、デヴィッドが主人公としての魅力に乏しい。あんなに一途で素敵な妻がいるのに、彼女を捨てようとするのが共感できない。そのくせアメリカ帰国後に会いに行ったりして、中途半端な印象を受ける。
ラストシーンでマリアが別れを切り出すところも、今になってそれを言うのかという感じで呆れた。以上の理由から両者とも好きになれない映画だった。
この映画、『ジェニイの肖像』の監督の作品だと鑑賞後に知った。売れない画家の男が不思議な少女と出会い徐々に惹かれていく『ジェニイの肖像』の方が断然好きだな。
劇中二度ほど歌われる印象的な歌は単なるナンパの歌では無かったのです
旅愁
1950年米国映画、白黒作品
原題は「9月の出来事」
ヒロインは、ジョーン・フォンテイン
出演時33歳
ヒッチコックのレベッカは23歳、断崖の時は24歳でした
まさに人生の真夏は過ぎて秋にさしかかろうとしています
しかしまだまだ美しい!
むしろ落ち着きが加わり大人の女性としての美しさが増しています
相手役はジョゼフ・コットン
出演時45歳
市民ケーンやガス燈、第三の男などに出演してきたシブいオジサマ
お話は直球ド真ん中のメロドラマです
ヒロインはイタリアにピアノ留学中の米国人、ピアニストとして人生の夏を捧げてあともう少しで成功を掴もうしているのだけれど、人生の夏をそれに捧げ尽くしてしまいやっぱり寂しい
男は、技師とはいうものの後から分かりますが実は大会社のオーナー社長で、かなりの金持ち、何年も仕事づくめで仕事にも家庭にも疲れ果てた男で妻とは離婚協議が難航中
この二人が、米国へ向かう途中とイタリア旅行中にひょんなことから偶然知り合って深い仲になります
そして遊び過ぎて乗り遅れた帰国便が実は墜落していて世間から二人は飛行機事故で死んだ事になっていることに数日後に気がつきます
そうなれば、もう愛は盲目です
風光明媚なナポリの高台に二人の邸宅を買い、生きている事を知られぬように二人の愛溢れる生活を始めてしまいます
でもそんな生活は長くは続かず、男の妻と立派に成人した息子がそこに現れます
終盤ナポリを去る二人の男女の邸宅にさよならをいいに来る近所の子供たちの身長がそう変わらない所を見ると結局二人の生活は1年も無かったようです
夫が生きている事を知ってなじるどころか、神に感謝する妻の健気さ、愛の深さに心を打たれます
怒る息子も父の顔を見ると全てを許してしまっています
劇中二度ほど歌われる印象的な歌は単なるナンパの歌では無かったのです
その歌詞は「♪9月11月~」でした
男の家庭は11月の晩秋だったのです
人生の大きな実りがなっていたのです
神に感謝するほかありません
女の人生の季節ははまだ9月になったばかり、1年ぐらいの過ちは
何とでも取り返せます
むしろ早く終わりが来て良かったのです
彼女には11月の晩秋になっても収穫する実りは何もないのですから
それに彼女は気がついているからこそ二人の生活で幸せ一杯のはずなのにイライラすることがあったのです
ラストシーンはきれいなお別れです
これ以上ズルズル引きずっては美しい思い出にすらなりません
新天地での彼女の大成功と幸せを掴むことを私も祈りました
美しいイタリアの風景がタップリあります
ローマからはじまり、ナポリ、カプリのなど観光して来たような気になる楽しさも満喫できます
白黒作品なのが本当に惜しいです
本作品の5年後の1955年にデヴィッド・リーン監督がワイドカラーで撮った旅情という作品があります
本作は旅愁なのでよく混同されがちです
原題もSumer time で舞台はイタリアベネチア、本作を凄く意識した作品だと思います
内容も少しだけにているような全然似てないようなです
是非、こちらもご覧なさって下さい
本作にグッと来た方にお薦めします
ナポリ、ポンペイ、カプリ、ベスビオ火山。観光地の映像だけでもカラーだったらなぁと思う。
旅先の恋は儚くおわる
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