「あまりにも哀しみが深すぎる…。本当の乱暴者は一体誰なんだろう?」ランボー たなかなかなかさんの映画レビュー(感想・評価)
あまりにも哀しみが深すぎる…。本当の乱暴者は一体誰なんだろう?
元グリーンベレー隊員ジョン・ランボーの戦いを描くアクション映画、『ランボー』シリーズの記念すべき第1作。
本作ではベトナム帰還兵ランボーと警官たちとの、壮絶な戦いが描かれる。
主人公ジョン・ランボーを演じるのは『デス・レース2000年』『ロッキー』シリーズの、レジェンド俳優シルベスター・スタローン。
なお、スタローンは本作の脚本も担当している。
『ロッキー』と並ぶスタローンの代表シリーズ。
実は最初から最後まで通して観るのは今回が初めて。
いや〜…、やっぱり暗くて重い映画だぁ…🌀
「『ランボー』ってあれでしょぉ?ムキムキの人が銃を撃ちまくって人を殺す映画でしょぉ?やーね。野蛮ね。乱暴ね🤷♀️」
何故かこういうパブリック・イメージを持たれている『ランボー』シリーズ。
続編はどうか知らんが、少なくともこの第1作に関しては、広く認知されているイメージとは全く真逆な作品でした。
作中での死者はわずか1人。しかもその1人は、暴走の末の自業自得。
ランボー自身は、たったの1人たりとも死者を出していないのです(犬は3匹殺っちゃったけど…🐕🐕🐕🪦)。
その風体と態度から、周囲の人間から誤解されてしまうランボー。
とあるコミュニティーからの差別、そしてそれに対するささやかな反抗をキッカケに、事態は雪だるま式に悪い方へと進んでゆく。
誤解を解こうと歩み寄るランボーに、容赦なく浴びせられる弾丸。
数百人体制で動き出した州兵たち。
そして、ワイドショーではランボーを殺人犯として報道する。
精神的にも追い詰められたランボーは、その狂気を文字通り爆発させることになる💣💥
果たしてランボーと警官、本当に乱暴者なのはどちらなのか…?
この物語の恐ろしいところは、保安官や警察、州兵たちが、物語の最後まで誰一人として自分たちの正義を疑っていないというところにあると思う。
とにかくランボーこそが諸悪の根源。奴がいなければこの町は平和なままだったのに…。と、全ての人間が思い込んでいる。
もしかしたら観客の中にも「警官に大人しく従わなかったランボーが悪いよランボーが👎」と思っている人がいるかも知れない。
本作で描かれている「町」は、正にコミュニティという概念を具現化したものである。
それは国だったり、都市だったり、会社だったり、家族だったりするんだろうが、ランボーを排斥するという描写は、要するに「人は自分の属するコミュニティの中では独善的になりがちだし、それを侵害するものにはとことん残酷になれる」ということを表しているのだと思う。
本作の最大の敵であるティーズル保安官だって、町の人からは好かれているオッさんだし、自分の住む町を守るという仕事に誇りを持っている。
彼からしてみれば、ランボーを町から追い払ったのは当然の行為であり、物語の最後までそれが差別的な行いだったと気付いていない。
そして彼は終始、今回の惨劇はランボーという頭の狂った殺人者の逆恨みだと思い込んでいる。
本作で描かれているのは、他者に対する不寛容さが引き金となって起こった暴力。
戦争やテロ、無差別殺人という暴力の中には、こういった不寛容さに端を発しているものも少なからずあるのだと思う。
自らのコミュニティを守ることに躍起になって、それを正義であると錯覚し、他者を盲目的に排斥する。
それは国家という大きなコミュニティでも、例えば学校や会社という小さなコミュニティでも、家庭というさらに小さなコミュニティでも容易に起こりうることである。
ある種の盲信的なコミュニティへの依存こそ、真に恐ろしい事態を引き起こすものだということを、この映画を観て何となく学んだような気がする。
正義とは常に疑ってかかるべきものなのだ。
どん底まで気分の暗くなる映画ではある。
抑圧されていたランボーの感情が最後に爆発するところなど、胸が締め付けられるようだった😔
しかし、トラウトマン大佐がランボーへと歩み寄るというラストシーンに、一縷の希望を見出すことが出来た。
このオッさんがランボーを蔑ろにしていたことが全ての元凶だった気もするが、それでも彼は自分の過ちに気付き、ランボーを優しく説得した。
やはり暴力の坩堝から抜け出すには「対話」しかないし、それは他者を受け入れるということに他ならない。
本作の着地点がそこであったことに、何というか非常に安心したし救われた気持ちになった。
原作では彼がランボーを撃ち殺すらしいが、映画でもそうなっていたら、流石に暗すぎると思う…🌀
本作は明らかにアメリカン・ニューシネマに属する作品。
『ロッキー』でアメリカン・ニューシネマの時代に幕を引いたスタローンが、この『ランボー』で再びそれを蘇らせたというのは、映画史的に見てもなかなかに興味深い一件なのかも。
アメリカン・ドリームを描く『ロッキー』と、ベトナム帰還兵の心の闇を描く『ランボー』。
相反するように見える2つの映画だが、1人の青年の孤独と哀しみが物語の端緒であるという点では共通している。
そこからうまく抜け出すことが出来たのがロッキー・バルボアで、そこからさらに深い闇へと堕ちていってしまったのがジョン・ランボー。
ある意味では、この2人は同一人物であるといえるのでしょう。
運命の分かれ道で、右に進むか左に進むか。その些細な選択で、人はロッキーにもランボーにもなり得る。
そういうことをスタローンは、今現在に至るまで描き続けているのではないでしょうか?
いや〜、やはりスタローンは凄い映画人だっ!🤩
乱暴な映画が嫌いな人にも観てほしい、映画史に残る傑作!👏