ライフ・イズ・ビューティフルのレビュー・感想・評価
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最初はバカ映画かと思ったが
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主人公のおっさんが一目ぼれの女性の結婚式に乗り込んで略奪婚。
やがて子が出来て、そして家族でナチスの強制労働所へ。
子供に心配かけるまいと「これはゲームだ」と楽しいフリをする。
優勝したら戦車をもらえるから、と言いくるめてコントロールする。
やがてドイツが負け、この機に脱出しようと子供を一時隠れさせる。
そして嫁を探しに行って、見つかって射殺される。
その直後ドイツ軍は撤退し、嫁と子供は助かり、援軍の戦車で帰れた。
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主人公のおっさんがやかましくて、最初は糞映画かと思った。
が突然強制労働所に行かされてから空気が変わる。
でも無理に明るくし過ぎる主人公にはあまり共感できんかったなあ。
実際、チョロチョロせんかったら生き残れたんじゃないの?
過去に見たという嫁が横で見ていたが、やたら泣いてた。何故?
父として
お調子者グイドとお姫様ドーラの巡り合いがある前半と、ジョズエが生まれてからの後半との雰囲気がコロっと変わる。
前半の幸せたっぷりの生活で自分の店の屋根に
『ユダヤ人の店』と大きく書いてる。
何を意図するのか、と思っていた。
強制収容所
男女分かれ、高齢者と子供も別、つまり叔父さんも服を脱いで殺された。服を脱ぐのは、遺体を焼く時の手間が楽なのと、上質な服なら戦利品という事だろう。
働ける者だけが、当分の間生かされて働かされる。
ジョズエも父親に隠されていなかったら、殺されていた。ドイツ人の子供達の食卓に座れたのは、ドイツ人の子供以外子供はいない、という前提のもと。
ナチスの説明の時、グイドが、偽通訳を買って出て?ジョズエが不安がらないよう、ゲームの説明と思わせる内容に言い換えていたのは、面白く父の愛情満タン優しさたっぷりの場面だった。
しかし、周りのユダヤ人男性が黙っていてくれたからこそ、であり、誰か一人でも、「違う!」とか、グイドに「ふざけるな!」とか言ってれば、失敗に終わり、グイドがどこかに連れ去られ、殺されたかもしれない。
ユダヤ人の連帯を表したかったのか。
グイドは、ドーラの安否確認に行って見つかって殺された。明朝までおとなしくしていれば助かったのに。
妻ドーラとは、連れ去られてから会っていない。息子を守り妻も心配。父として夫として責任を感じていたのだろう。危ないが、この機会に様子を見に行こうとしたのだろう。
ぐっと堪えて朝まで待って欲しかった。
助かって家族三人無事にめでたしめでたしでも良かったのに。
だが、主役も務めたロベルト•ベニーニの意図がわかる。
ユダヤ人として何ら恥じることなく堂々と生きるべきだ。
しかし、幸せには終わらなかった。
このことを忘れないで欲しい、と。
人生が美しくなるかは、自分次第。
第51回カンヌ国際映画祭審査員グランプリ受賞作。
第71回アカデミー賞外国語映画賞受賞作。
Huluで鑑賞(字幕)。
ホロコーストを題材にしているのに、悲壮さを感じさせないのがすごい。ロベルト・ベニーニの名演が心に沁みました。
如何に苦しいことがあろうと、人生は生きるに値する。心の持ち様で、いくらでも輝かせることが出来るんだな、と…。人生が美しくなるかどうかは自分次第なのだと思いました。
『左の耳しか聞こえないんです』
ありえない話だけど、まぁ、いいのではないかと感じる。
オッフェンバックの『ホフマン物語』の舟歌が登場する。誠に美しい曲なのだが、二重唱のオペレッタとして聞かせてくれている。僕はそこだけでも、この映画を評価したい。
ロベルト・ベニーニはスタンダップコメディアン出身と言うが、アメリカ人やイギリス人と大きく違う所を見つけた。彼は下ネタで笑わせていないと思うが。だから、腹を抱えて笑える所は無いが『左の耳しか聞こえないんです』このセリフジ~ンと笑えた。でも、
彼を描くなら、ジム・ジャームッシュの方が上だと思う。
追伸
ドーラを助けない訳にはいかなかった。だから。そう考えると、涙が出てきます。傑作かもしれない。もう一度見てみます。
悲しさ、虚しさ、だけどそこには美しい愛もある
とても悲しい映画だよね。ラストシーンは胸が痛くなる。どうしてもどうしても角から出てきてくれないかなとおもった。でもお母さんが残っててよかった。本当に。父は偉大だ。愛をそして、それを伝える義務は映画を見た全員にあるのではないだろうか
わがままで純粋な子を守り切る、それは力じゃない事を教わりました。
この作品を見る前にホロコーストの事について知っておいて良かったと思いました。
「シンドラーのリスト」「ヒトラー最後の12日間」etc…をみて、その後アウシュビッツに関する学びをしていたときにこの作品に出会いました。
内容は現実的ではありませんので、その様なものを求めている方には向きません。
あくまで、ヒューマンドラマとして素直に作品を観て欲しい。
凄惨な状況に相反する主人公の明るい振る舞いがますます切なく、愛しく、美しく。
お子さんを持っている方には、こういう子どもの守り方って本当に素晴らしいって教えてもらえる作品でした。
そして、約束を守り抜く。
子どもの可愛らしさ、愛らしさも際立って、本当に美しい作品でした。
ただ一つだけ、主人公のマシンガントークにはちょっとした疲れを覚えましたが(笑)
世界がまた不吉な風が吹き始めました。
力だけが闘う方法ではないことを強く思います。
La vida es chula.
何度見ても何度もいい。という恋人と一緒に見ました。
人生におけるあらゆる愛が詰まった映画です。
温室に入って時間が経っているミュージカルみたいなシーンがロマンチックで好きです。
父が連れていかれ撃たれて亡くなるシーン、あまりにもあっけなさがショックでした。
命がいかに軽く扱われていたかが、あのシーンだけで表現されていて、辛くて二回は見られません。
にもかかわらず、愛しか残らない映画です。
La vida es chula.
切なくなる映画
事前の基礎知識なしで見始めたのでコメディだと思ったら、全然違ってた。
どんな時も明るく振る舞い、子供を元気づける父親、見ていてちょっとつらかった。
少し、非現実的なところは「映画だから」で許せた。
悲しい中の幸せ
私の好きな映画に入る作品。
とにかく主人公が明るい。みていてミスタービーンのようなチャップリンのようなクスッと笑ってしまうところがたくさんある。
そのチャーミングな姿で、みごと妻を手に入れた。
そんな中に悲しく重いテーマのユダヤ人迫害。
働かされ過労死するものや殺される人々。
父は幼い息子を守るために、可愛いゲームを作ってなんとか生き延びる方法を見つけようとする。これも最初の伏線がまたいい。
ポップで楽しい恋愛映画からテイストががらりと変わって生きるためにどうすればいいのか、となる。
離れ離れになった妻への愛のコール。
僕たちは元気だよと伝える何もわからない息子。
重く難しいテーマだが、私でもわかるようなストーリーになっている。
最後、戦争が終わったのか、負けたのか、解放される時がくる。
ただ最後は父親は息子の前で笑いながら死ににいく。
とてもショッキングだった。
あそこで死んでほしくなかったけど、これがあったからこそこの映画に重みが出たのだ。
最後は死なずに、なおこの重さを残すことができたら私の中で満点のだった、、。
最後は父親のいうとおり、千点集めて戦車が見れた。嘘つきだけれど、息子には嘘はつかなかった。
たまに見たくなる映画。
何度も、何年も見てしまう。
ギャップが凄くて。。
どんな状況でも明るく前向きに生きる主人公の姿はとても素敵だ。
息子の為にヤケにならず最後までゲームを続ける姿、最後まで悲しい思いをさせない
姿は理想の父親像だと思う。
また、こんな状況下でも妻に僅かでもいいから、自分の存在を示そうという姿勢も
男としてかっこいいと思う。
ただ、収容所の状況は映画よりもずっと悲惨だったろうし、
あの様な環境下で主人公の明るさが逆に異様にも見える事は否めない。
状況が状況だけに主人公のおちゃらけが収容所の悲惨さをある意味馬鹿に
している様にも取られかねないとも思った。
収容所の他の人たちが主人公に寛容だな思ったし、
気に触って怒る人が居ない事を、人の優しさが描かれている
と捉えることも出来るが、自分的には不自然に感じたのは
自分の心の狭さだろうか、
終始明るく振る舞う主人公が最後、銃殺されてしまう結末は
ある意味、順当なのかもしれないが、あそこまでおちゃらけて居るのなら
最後は家族揃ってのハッピーエンドが相応しい作品ではないかと思った。
前半のコメディ展開から後半の収容所の悲惨さへの落差が
個人的には追いつけない感じがあった。
しかし、少年に思いはまさにライフイズビューテュフルであろう。
これ以上にない父親の父親のあり方は少年の人生を美しく彩らせる
姿に違いない。
父が遺してくれたこと
この作品の監督でもあり、主演グイドを演じたロベルト・ベニーニと、美しい妻ドーラを演じたニコレッタ・ブラスキのお二人が、実生活でもご夫婦だという事に驚き、感動がより深くなりました。
愛情に溢れた優しい眼差しは「本物」だったのですね。
愛息子ジョズエを演じたジョルジオ・カンタリーニの無垢な表情が、作品の透明感を増す。
深い愛情に満ちた記憶は、どこ迄も優しい。
NHK - BSを録画にて観賞
犠牲になる覚悟
この映画は私が幼い頃に見た映画で、すごく衝撃を受けたことを今でも覚えている。
ホロコーストについて詳しく描写しつつも、その中で懸命に生きる親子の愛が伝わってきた。
特に子どもを守るために自分が犠牲になって、殺されてしまうシーンに、親からの無償の愛を感じた。
悲惨な収容所描写は無いものの…
ユダヤ人強制収容所にまつわる映画は
「シンドラーのリスト」「サウルの息子」
等々、山のようにあり、
これまで数多く観賞したが、ある意味、
この映画が収容所実態の描写からは
一番離れた作品かも知れない。
フランクルの著書「夜と霧」や、
同名のアラン・レネのドキュメンタリー映画
等に接することにより、
この収容所の状況が、
この映画を遙かに上廻る悲惨な環境だった
ことを我々は知ることが出来る。
この作品は、日常的な命の略奪はもとより、
飢え、凍え、不衛生等の環境上の地獄絵図や、人間の尊厳剥奪等の悲惨な状況を
ほとんど描写しない、
ロベルト・ベニーニが爆発だぁ的
一人芝居映画と言えるだろう。
しかし、このことでこの映画の価値が
否定されることも無いだろう。
どんなに過酷で厳しい環境でも、
家族を思い、家族のために、
常に明るくポジティブに生きることの
崇高な価値を教えてくれるのが
この映画の真髄で、涙も誘う。
しかも、主人公が結局は殺されてしまう
ところに単なる“つくり話”では済まさない
との、監督ベニーニの意志も感じる
ことが出来た。
因みに、私の一番大切な
ユダヤ人強制収容所関連映画は
「ソフィーの選択」です。
どんな状況にあっても、人生は生きるに値するほど美しい
ドイツ衛兵に連行されながらも、おどけた表情で滑稽な姿で歩き始めた瞬間、ドバドバって来た。
人が、それを美しくしたいと思う分だけ
人が、美しくしようとした努力の分だけ
美しくなるのが人生。
それを苦しいと思えば思う分だけ苦しくなり
努力は無駄だと思えば思う分だけ虚しくなる
それが人生。
そんな映画でした。
とにかく、人生は己の心次第だって事で。
そこでですよ。グイド役を務めたロベルト・ベニーニ(監督兼脚本)は、「どんな状況にあっても、人生は生きるに値するほど美しい」という、ロシア人革命家レフ・トロツキーの言葉に、この物語の着想を得たそうです。
で、そのレフ・トロツキーとはどんな人物だったのか。トロツキーはロシア帝国時代にウクライナで生まれた革命家。ユダヤ人一家に生まれ、学生時代にマルクス主義に触れ共産主義運動に加わり、「君主制の打倒を目指す」勢力に身を置きます。ロシア革命までは逃亡生活を送る身の上。WWⅠ開戦時には「反戦」の立場を取りますが、彼自身は、レーニンの死後「赤軍」を創設し「白軍」との内戦を経て革命政府の中心的人物となります。
スターリン勢力との権力闘争に敗れたトロツキーは、カザフスタンへ国外追放。その後、トルコを皮切りに海外を転々。体制に批判的なトロツキーを快く思わないスターリンは、彼の元に刺客を送り込みます。変わらんよね、ロシアって。トロツキーの長男は留学先のパリでNKVDの刺客により殺害されています。1940年、トロツキーは逃亡先のメキシコで暗殺されましたが、当時トロツキーは日本への亡命目前であったとのトンデモ話すらありました。「国際社会主義運動の組織化」に乗り出そうとしていたとあれば、日本への亡命はあり得ない話ですけどね。
この映画に着想を与えた言葉は、スターリンが派遣する暗殺部隊の攻撃に曝されていたメキシコに居た頃のものの様です。思想的には「玉虫色」な印象もあり、一貫性に疑問を覚える行動もあるのですが、当時、機関銃乱射で自宅を攻撃されるような状況にありながら、「どんな状況にあっても、人生は生きるに値するほど美しい」なんて、よくぞ言えるもんだと思う訳で。これは尊敬に値します。
人生を生きて生きて生き抜いた
現実は非情だ
悲しみは世の中に溢れている
大小あれど、悲しいなと思えば、それは悲しいことになる
どんなに辛く、苦しく、死にたくなるような時だって、
人生は美しいはずなんだ
生きるとは…
とことん生き抜いた1人の人生
前を向くことの大切さ、大変さ、
自分が辛い時、彼の笑顔を思い出そう。
ありがとう。
残酷ながらも愉快で美しい映画。
残酷ながらも愉快で美しい映画。
あらすじ
1939年、ユダヤ系イタリア人のグイドは、小学校の教師ドーラに恋をする。彼の純粋さに惹かれた彼女は結婚を承諾。やがて可愛い息子も生まれ、3人は幸せな日々を送っていた。そんなある時、彼らに突然強制収容所への収監命令が下る。
グイドのユーモアに富んだ自由な生活っぷりが面白い。突然空から降ってきたドーラに恋をし、そのあと自転車でドーラとぶつかったり、将校のふりをして潜入した小学校で偶然ドーラに会い、彼女の予定を聞き出したり、ドーラの婚約パーティーで馬に乗ってきて彼女をさらってしまったり、、謳い文句のとおりに御伽噺のような、現実で考えたら破天荒な彼に魅了された。
強制収容所に送られても、息子を安心させるために”これはゲームだ。一等になったら戦車が貰えるんだよ。”と、嘘をつく。また、引き離された妻のためにナチス軍の隙をついてスピーカーで自分と息子の無事を知らせたり、給仕会場のレコードプレイヤーを外に向け、思い出の曲を流したりする。
苦境においても、知恵とユーモアを駆使して人々を楽しませることの素晴らしさや美しさを感じた。
最後に彼がナチス軍に殺されるところも、息子に受け継がれるものを表しているようでよかった。
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