水の中のナイフのレビュー・感想・評価
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おじさんの嫉妬のお話
端的に言うとおじさんの若者に対する嫉妬のお話でした。本能的に女性もおじさんより若者の肉体には惹かれるのでしょう。だからおじさんは地位や権力、お金で武装するのです。倦怠期に第三者をスパイス的に利用するのもあるあるでした。
【クルージングに向かう裕福な知識階級の夫婦と突然現れたヒッチハイクの青年。彼らの閉塞したヨット上で過ごす2日間の感情の揺れ及び関係性の変遷をリアリズム溢れる描写で描き出していく作品。】
ー ロマン・ポランスキー監督の1962年の長編処女作 -
■ワルシャワのスポーツ記者で、美しい妻・クリスチナと暮らすアンドジェイは、週末を郊外のヨットの上で過ごすために車を走らせている。
途中、ヒッチハイカーの青年と出会い、3人で出帆することに成り行きでなる。
そして、ヨットという閉ざされた空間で、若者と中年3人の感情が揺れ動き始める。
◆感想<Caution!内容に触れています。>
・出演者は、裕福なクリスチナとその妻アンドジェイと貧しきヒッチハイカーの青年の3人のみである。
・だが、今作品は閉塞したヨットの空間の中で3人が過ごす中で、彼らの関係性の微妙な変化を描き出している。
・一見、幸せそうなアンジョイだが、奔放な若者の姿を見ているうちに、且つての若き夫の姿を見出し、彼に惹かれていく。
・一方、クリスチナは若者に対し、優越的な地位を誇示しようとするが、徐々にボロが出てくる。そして、若者を弾みでヨットから海へ落としてしまい、妻に責められ自ら海へ飛び込み青年を探すのである。が、青年は自らヨットに戻り、彼の身を案じていたアンジョイと口づけを交わすのである。
<今作を観ると、ロマン・ポランスキー監督のその後の数々の作品で描かれる人間に対するシニカルな視点が既に確立されている事が良く分かる。
登場人物がたった3人の今作であるが、そこにはミステリアス要素もタップリと含まれ、観る側は徐々に不穏な気持ちになって行くのである。>
倦怠と怠慢と嫉妬と・・・夫婦喧嘩は犬も食わない。
売れっ子になったスポーツライターの夫と、苦学生時代から付き合っていた妻の週末の出来事。暮らしが多少裕福になった夫婦にはパターン化された日々が曲者。同じ時間に同じ事をし会話からはユーモアは欠如する。そこへ突如19歳の生意気盛りの若者が表れる。どういう訳か車に乗せヨットハーバーまで行く。そして、如何にも貧弱な自前のヨットを見せ、意味もなく若者をヨットに乗せてしまう。あくまで傲慢な態度で接する中年男は、さかりの付いた雄のプードルみたいに醜いが、若者は言葉で反抗するものの行動はいいなり。そして、そんな情況を欲求不満気味の女房は傍観し、ヨットは出帆する。
水上での密室劇。殺人でも起こりそうだと思わせぶりに若者はポケットからナイフを出す。
映画はチクタクと進む。何か起こりそうで何も起こらない。登場人物それぞれの鬱屈した気持ちが柔らかい棘のある言葉でやり取りされ観ている者を苛立たせる。時には暴力的になったり寛容なエセ牧師の気分になったり。終始苛立ちは温和な気分に変わらない。
ポランスキーの罠にしっかり嵌ったみたいだった。
せっかくの上機嫌が台無しなった。
バカバカしい覇権争い
若者がブルジョア夫婦と共に一泊二日のヨットの旅に出る。些細なものごとが原因で若者が海に落ちる。ブルジョア夫婦の夫は若者が死んだものと思い狼狽するが、妻は若者が生きていることを知っている。この至極単純な映画に求心力を与えているのはイニシアチブのめまぐるしい変転だ。
冒頭、夫のアンジェイは妻のクリスティナの下手な運転ぶりを見咎め、彼女を助手席に追いやる。このときアンジェイがクリスティナを見下していることは容易に読み取れる。しかし間もなく車の前に一人の若者が飛び出してくる。「アンジェイ>クリスティナ」という不等式に突如として闖入してきた若者に対し、アンジェイははじめ罵声を浴びせかけるが、ふと落ち着きを取り戻したように彼を車に乗せてやる。それどころか一緒に自家用ヨットで旅をしないかとさえ持ち掛ける。相手が貧乏な学生であることを悟ったアンジェイは、彼に自らのブルジョアぶりを顕示することで先の自分の狼狽ぶりを清算し、「アンジェイ>若者、クリスティナ」という構図を作り上げようと画策するわけだ。
一方で若者はなかなか自身の手の内を明かそうとしない。無論アンジェイに跪拝することもない。関係のイニシアチブは徐々に若者のほうへ傾斜していく。若者が大事そうに持っているナイフという小道具もどこか危うげだ。かと思いきや若者がカナヅチで泳げないことが発覚する。それを知ったアンジェイは彼を海に突き落とすフリをして再び優位に立つ。その後もアンジェイと若者の駆け引きは続き、そこにクリスティナという女性表象=聖杯をめぐるホモソーシャル的闘争のニュアンスも加味されていく。
翌日、上述の通りアンジェイはふとした小競り合いが原因で若者を川の中に突き落としてしまう。しかし若者はいっこうに浮上してくる気配を見せない。アンジェイは泳いで彼を探しに出る。しばらくすると船上で待機していたクリスティナのもとに若者が現れる。彼は実は泳ぐことができたのだ。クリスティナとやっと二人きりになれた若者はいよいよ彼女を手籠めにする。しかしクリスティナは彼に従属するどころか、行為が終わるや否や若者を船から追い出してしまう。毅然とした態度で岸辺に戻っていく彼女を木場から茫然と見送る若者。クリスティナは岸辺に戻ってきたアンジェイとともに湖を後にする。当然アンジェイは若者が生きていることを知らない。クリスティナが「怖がってるんでしょ?」と尋ねる。アンジェイは言い淀んだのちに「怖がってるさ」と白旗を振る。すったもんだの駆け引きの果てに当初の関係性の不等式は完全に逆転してしまったというオチだ。冒頭と同じ車中のショットで冒頭とは真逆の情けなさを露呈させるアンジェイに思わず笑ってしまう。
ポランスキーの不思議な映像世界の魅力
このポランスキーの第一作のポーランド映画を興味深く観て、またとても面白かった。世代の対立、人間の良心の問題、と社会的視野の切り口が鋭く描かれた力作であり、ポランスキーらしい不思議な映像世界が既に確立している。シンプルなストーリーを飽きさせないポランスキーの演出力は見事だった。
1981年 6月24日 池袋文芸坐
ポーランド体制側・大人側の理不尽さ・手強さ・したたかさと、それに対抗できない無力な若人
ロマン・ポランスキー監督による1962年製作のポーランド映画。
出だしの走る車と風景が重なって流れる映像が印象的で、このての映像の元祖であろうか。背景に流れるコメダによるお洒落なジャズもとても素敵。そして、ヨットでの映像の数々も印象に残る。船上でマラノウッツが上向きに横たわる真上からの映像とか、どうやって撮ったのだろうか?
とは言え前半、何かが起きそうで起きず、ヨット航海そのものには興味が乏しい自分には少々退屈なところがあった。後半は、サスペンス調が増したし、妻役ウメッカの眼鏡取った時の滴る色気はなかなか。
但この三人の感情劇を通して、何を描きたかったは自分には判然としない部分も有る。まあ、ポーランドの体制側・大人側の理不尽さ・手強さ(命令調だが、実際ヨット上手く扱うしタフに泳ぎきるニェムチック)、そしてしたたかさ(寝たものの旦那の手前かあっさり若者をヨットから追い出す奥さん)。唯一の武器、大事なナイフも旦那に取られて水の中へ捨てられ、それに対抗する術も無い無力な若人を描いている様には思えた。若きポランスキーがこの後、絶望感を感じ、国を飛び出すというのも必然の流れということか。
ラスト、体制側の象徴ニェムチックが警察への自首、さもなくば妻の言葉(浮気した)を信ずるかの分岐(どちらも辛い道)で終わるのは、とてもユニークで、ポーランドの未来の象徴?なのだろうか。
脚本は、イエジー・スコリモフスキ、ヤクブ・ゴールドベルク、及びポランスキー監督。撮影はイェジー・リップマン(地下水道等)、音楽はクシシュトフ・コメダ(ジャズピアニスト、ローズマリーの赤ちゃん等)。
出演はレオン・ニェムチック、ヨランタ・ウメッカ(妻)、ジグムント・マラノウッツ(若人)。
それでも夫婦関係は続いていく…
意識的に3人以外の人物を映さず、また、
湖上のヨットの上だけがほぼ舞台という、
“密室では無い密室劇”での3人の心理に
絞り込んだ手法が「太陽がいっぱい」以上の
特異性を感じさせた。
また、ミケランジェロ・アントニオーニの
“愛の不毛”にも通ずる、音楽も気怠い、
何とも寒々しい作品だ。
見知らぬ若者を、
2人の倦怠感を埋めるがごとくに、
車やヨットに同乗させるなど、冒頭から
夫婦の強い倦怠期を窺わせる描写が続くが、
ラストシーンの車の中での二人の会話が
重く印象的だ。
妻は若者が生きており、その彼との浮気体験
を夫に語ることにも躊躇も無い如くだし、
夫は信じまいとの思いからか、それを詳しく
聞き出そうとのもせず、責める気配もない。
そして、このまま二人の夫婦生活は
続いていくのだろう。
夫婦は元々が他人の関係。
我が夫婦にもこの映画のような要素が
全く無い訳でもなく、己の生活を胸に
手を当てて考えてみると…恐ろしいことだ。
ポランスキー
けばけばしいメガネをした妻クリスティーナの姿はどことなくロボットのように見えるんだけど、ヨットの上では官能的な魅力満開。冷え切っている夫婦のようでもあり、夫の監視がきついだけのような気もする。ところどころにクリスティーナが19歳の若者に惹かれていく様子がうかがえるけど、決定打がない。しかしヨット遊びも終わろうとしていたとき、それは起こった。夫が嫉妬からなのか、若者を殴って海に落とし、若者はブイの陰に隠れる。絶妙な三人の心理描写。
ヨットの上の出来事というと『太陽がいっぱい』も思い出してしまうが、映画から感じられる空気がまったく違う。心のやりとりをそれとなく楽しんで、雰囲気を楽しむほうがいいのかな・・・
寝取られ船長
馬鹿正直に岸まで泳いで帰る船長、そんな素振りも見せなかった二人、女の気持ちが分からない、十九歳の少年だったのか!?身体は若いがエラく老けた顔立ちのナイフ野郎、これこそ"ウォーターワールド"な世界観??
ヨットを降りれば丸太だらけ、ノーランの「インソムニア」でのアル・パチーノを思い出す!?
随所に流れる艶かしいJAZZ、まんまな邦題、何も起こらない退屈な時間に飽きも来ず、ポランスキーってよりイエジー・スコリモフスキが脚本参加って重要性。
若者の苛立ち
1962年 ポーランド映画
ポランスキーが監督/脚本だが イエジー・スコリモフスキも脚本参加
倦怠期っぽい中年夫婦が 週末のヨット遊びに思いつきでヒッチハイクの若者を誘う
(当時のポーランドにもやはり大きな格差が存在したことを知る… )
(ガシガシ働く嫁!)
オジサンは若者と小さい衝突を繰り返す
嫁が彼に同調すると、オジサンは苛立つ
心理的サスペンスということだが、密室(ヨット内)での力関係の動きが面白いかも
色々あるのだが 最後は嫁が支配か?
映画はまるで ヌーヴェルヴァーグ
オジサンは強権的な親父のようで、当時のポーランド政府のよう
また私は その名前から単純にアンジェイ・ワイダ、アンジェイ・ムンクを連想してしまった
あまりに偉大な前走者に対する愛情と尊敬と苛立ち(とてもタフ)みたいなものも表現されているのかな… と考えたりもする
アンジェイの妻が 童顔なのに胴回りがかなりなもので、若いのか、そうでないのかが判りませんでした
私は度胸があるのと胴回りで オバサンと判断いたしました
その起用に 何か隠された意味でもあるのでしょうか?
あの変な眼鏡は?
作り手側の試み・戯れ・弄び
改めて見直すと、映像がカッコ良くて、絵的な組み合わせや音楽などを色々と試しているよう感じを受ける。
過去に見たときは話が全く面白くないという印象しかなかったけれど、ガキと罵り、自分を大人だと思いこんでいる金持ちが、ガキっぽい行いをするこの展開が結構面白い。
やはり3人だけしか出てこないという演出は際だっているし、少ない人数にもかかわらず映像のダイナミズムを感じるのは、やはり巨匠が色々と戯れた結果なのだろうなぁー。
ただ、迫力を求めた代償なのか、画面に余計なものが写り込んでいるカットを発見してしまって、少々引いてしまったけれど・・・
感じの悪い人物
古典として今も顧みられる作品であるので、どんなものかと思ったら、ひどくつまらないわけではないんだけど、退屈だったし、見なくてもよかったかな。ポランスキーならもっと面白いのたくさんあるので、そういうの散々見た後で見るべきではなかろうか。
けっこう退屈で眠くなるので体調を整えてみた方がいい。ほぼ全編ヨットの上で、美女を横に若者とおじさんが変な駆け引きをしたりするんだけど、非常にどうもよかった。ヨットを動かすにはいろいろとやることがあって覚えるのが大変そうだった。おじさんも若者もとても感じの悪い人物で、そんな人をわざわざ映画に描くところが芸術的なのかな。
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