「私達は曲がり角を曲がってしまったのです 猛スピードで新しい時代が追い越していったのです だから今こそ本作を観る時なのです」真夏の夜のジャズ あき240さんの映画レビュー(感想・評価)
私達は曲がり角を曲がってしまったのです 猛スピードで新しい時代が追い越していったのです だから今こそ本作を観る時なのです
1958年に開催された第5回ニューポート・ジャズ・フェスティバルの記録したドキュメンタリー
同時開催のヨットレースも併せて少し写されています
しかし本当に写されているものは、もっともっと巨大なものでした
1960年、昭和35年8月日本公開とのことですから、ちょうど60年ぶりのリバイバル上映です
本作は大昔から大変有名な作品であるのに、DVDは廃盤でレンタルもなく、中古品が高額で取引されているのみでした
それが4Kリマスターされて、それ程に古い作品にも関わらず、鮮明な映像と音響で観る事が出来るようになり大感激です
関係者の皆様に感謝したいと思います
ニューポートはニューヨークからボストン方面に300キロほどの港町
東海岸の別荘地としても名高いところ
ちょっと遠い葉山みたいな感じでしょうか
1958年のジャズの位置付け
この頃の日活映画を観ればそれがどのくらい、時代の最先端の音楽であったかがわかると思います
石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」は1957年年末の作品
これをご覧になられたら一発でわかります
ちょっとおめかしをしたお洒落な大人達がクラブで楽しむ音楽です
しかめっ面して薄暗いジャズ喫茶で一心不乱に集中して聴く、そんな小難しいイメージの音楽ではないのです
今のR&Bみたいなお洒落で粋で勢いのある音楽という位置付けかと思います
1958年とは米国にとりどんな時代だったのでしょうか?
朝鮮戦争は1953年に休戦となりました
ベトナムへの軍事介入は1961年になってからのことです
東西冷戦の真っ最中ではありました
1957年のスプートニクショックがあり、宇宙開発競争がはじまりました
でもその実態はミサイルギャップと呼ばれた、核ミサイル戦力の拡充です
とはいえ、この時期は冷戦の雪解けと呼ばれて緊張が弛んでいた頃です
ベルリンの壁ができたベルリン危機は1961年のこと
キューバ危機は1963年です
そして、黒人の公民権運動が大きく盛り上がるのは1960年頃からのことです
ヒッピーの登場は1963年頃からで、麻薬禍もなかった時代でした
つまり1958年の米国は平和だったのです
太平の世を謳歌できた年だったのです
そういう年の独立記念日の前日7月3日から4日間に渡って、第5回目のジャズフェスが開催されたのです
街中浮き立っています
こざっぱりした身なりの良い人々が続々集まって来ています
当時20歳の若者は今は82歳の老人になっています
しかし映像の中の男女は若くお洒落で、現代の若者と何も変わるところがありません
ラジオのインタビューに答える話ぶりは、ついこの間録音されたものみたいです
戦後生まれ、日本なら団塊の世代、米国ではベビーブーマーはまだ幼い子供
序盤で無邪気に遊ぶ子供たちです
米国が一番幸せだった時代がフイルムに焼き付けられています
序盤はフェスが始まる午前のシーンから始まります
身なりの良い老夫婦が、年代ものの車を運転して田舎道をフェスに向かっています
ラジオはフェスで交通状況が悪化しています、皆さん安全運転を心掛けましょうと呼びかけています
老夫婦の車が、直角のカーブをゆっくり曲がっていると、遠くから大きなエンジン音が響いてきたと思ったら、最新型の大型車が猛スピードでカーブをタイヤの音を軋らせて曲がっていきます
そして老夫婦の古い車をかすめるようにして、追い越して去っていきます
遠目ながら老夫婦が怖そうにしているのが分かります
そしてラストシーン
ジャズフェスは終わり、老夫婦の古い車は夕陽に向かって真っ直ぐな田舎道をゆっくりと去っていきます
米国の幸せな時代は曲がり角にさしかかったのです
猛スピードで時代は変わっていく
どのように?
チャックベリーの登場シーンのようにです
ロックンロールのように激しいビートの世の中になって行くのです
世相も、政治も、世界情勢も
そうして、米国の幸せな時代、古き良き米国は夕陽に向かって、ゆっくりと走り去って行くのです
これこそが本作を伝説の名作にしているのだと思います
もちろん伝説の名ジャズプレイヤー達の演奏は素晴らしいものです
特にクライマックスのルイ・アームストロングのパフォーマンスは圧巻です
格の違いが際立っています
漫談師のような抜群のMCも面白く、観衆の心を鷲掴みにして、そのまま演奏でノックアウトしています
そしてクロージングはゴスペルの独唱
マヘリア・ジャクソンはゴスペルの女王です
彼女が歌う「主の祈り」です
私達は、これから米国を襲う事になる数多くの様々な試練を知っています
だから、ジャズフェス最後を締めくくるその曲が、米国に神の加護と慈悲を願う祈りとして聞こえてくるのです
染み入るのです
そして60年後の21世紀の現代
コロナ禍のパンデミック
中国との新冷戦
不安は高まるばかりです
今までの時代はまるで、本作のニューポートのようなものです
私達は曲がり角を曲がってしまったのです
猛スピードで新しい時代が追い越していったのです
だから今こそ本作を観る時なのです
演奏シーンの撮影は、21世紀の私達の目には何も驚きもありません
ごく普通のステージ撮影のように見えます
しかし、これ以前の映画で演奏シーンを写したものにこのような映像はあったでしょうか?
本作のステージ撮影の映像は革新的であったと思います
70年代のフイルムでも、このような映像はあまり見当たらないほどです
今日のライブ映像の始祖は本作だと思います